痛み学NOTE《第5回》
「神経が歪む病気としての痛み」

カイロジャーナル66号 (2009.10.16発行)より

受容器が侵害されなければ痛みが起こらないのか、と言えば、そんなことはない。痛覚受容器の侵害と関係なく起こる痛みがあり、それが「神経因性疼痛」である。神経系の可塑的変化によって起こる痛みで難治性である。これは熊澤孝朗教授が述べる「神経が歪んだ」状態とみるべきだろう。生理的な痛みの機序では説明することができない痛みなのである。

例えば痛覚過敏であるが、本来は痛みを発生しないような軽い蝕刺激でも痛みを引き起こすアロデニアがある。十数年も前の話になるが、私もアロデニアと診断された患者さんを診たことがある。後にも先にもアロデニアの確定診断を受けた患者さんを診たのはその一例だけであるが、私にはお手上げだった。

とにかく1分と同じ姿勢を保てない。ベッドに背中が触れただけでも、身体に触れただけでも痛がった。座っていても、じっとしていられないようだった。ありとあらゆる診療科目を回り、ドクターショッピングを続けざるを得ないといった気の毒な患者さんだったが、さりとて私にはどうすることもできなかった。今ならば、何らかのアドバイスなり方法を試みることが出来るように思うのだが...。でも、この患者さんが「痛みという病気」の存在に関心を向けさせてくれたように思う。

他にも帯状疱疹後神経痛、癌や糖尿病による神経痛や術後神経痛、幻肢痛などが神経因性疼痛とされる。神経因性疼痛は、発症の詳しい仕組みも分かっていない。消炎鎮痛薬(NASIDs)や医療用麻薬(オピオイド)も効かない。今のところ効果的な治療法も見つかっていない。痛覚受容器は関与していないとされているようだ。

なぜ神経が歪むのか。よく分かっていないとは言え、強い痛みが「持続」すること、末梢あるいは中枢神経の「損傷」、そして「心理学的機序」が基盤になって、神経系に可塑的変化がもたらされるのだろう。それでも、なぜ痛みが広範に伝搬していくのか。例えば細胞レベルの問題とか、少し違った視点からみることも必要なのかもしれない。新たな研究の成果が待たれるところである。

徒手治療においても、神経の歪みに対する対応が課題となるだろう。脳の可塑性を逆手にとって、本来の機能を新たな可塑性として構築する方法論を模索する必要がありそうだ。

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