痛み学NOTE《第16回》
「神経根の圧迫で、痛みが起きるか起きないか」

カイロジャーナル69号 (2010.011.3発行)より

ここまで、痛みの受容器とその伝導経路を辿ってきた。近年の痛みに対する概念的変化には、十分な注意を払う必要があるだろう。痛みの概念的理解がなければ、痛み治療の臨床に反映させることができないからである。

神経根症もその1つで、生理学者と臨床医の見解には微妙な違いが見受けられる。医療の現場では、上下肢痛を伴う頚部痛や腰痛患者の多くが「根疾患」とされている。一方、生理学者は「痛みの入り口は痛覚受容器である」とする。この生理学的原則に反する痛みは、神経自体の損傷又は神経的な疾患あるいは可塑的な神経の歪みになる。

再三述べてきたように、痛覚受容器がある神経終末は、筋・筋膜、粘膜、靭帯、動脈など、身体中のあらゆる軟部組織に存在する。そうでなければ警告系としての痛みシステムを保てない。

受容器が侵害された部位が痛みの「第1現場」であり、痛みを認知する脳での部位が痛みの「第2現場」である。第1現場での侵害情報は脱分極を繰り返して電気信号として上行し、脳の第2現場に届く。これは生理学的な原理原則論であるが、だからと言って侵害受容感覚は痛み症状ではない。

そうなると、神経根症の説明に使われる機械的圧迫説には、「アレッ」と思ってしまう。例えばL4-5間で、「神経根が侵害されているために下肢痛が起きている」としよう。侵害されたのがL5神経根であるならば、侵害部位の情報は脱分極による痛み信号に変えられて、脳で侵害部位での痛みとして認知されることになる。

ここで問題となるのは、侵害部位であるL5神経根から下肢への下行する痛みの認知は、どのような生理学的機序に基づいているのか、ということである。ここに2人の専門医の見解がある。著名な2人の説に学びながら、神経根症なるものの病態を考えてみたい。

その1人は、Karel Lewit,MDで、プラハのチャールズ大学で神経学を教えている。ヨーロッパからアメリカに至るまで広い地域で活躍し、手技療法の分野に大きな影響を与え続けてきた人でもある。Dr.Lewitは、オステオパシーやカイロプラクティック界とも深い縁を持つ。カイロプラクティック学術誌「JMPT」の編集委員としても迎えられ、その発展に寄与したことでも知られている。その著『Manipulative Therapy in Rehabilitation of The Locomotor System』は8カ国語で出版されている(邦訳「徒手医学のリハビリテーション」)。その中で、次のように述べている。

神経根が実際に力学的に圧迫された場合、「神経の圧迫は単独でも不全麻痺や感覚消失を引き起こしはするが、痛みは起こさないことを指摘しておくべきだろう」と前置きして、根疾患の決定的な証拠について「知覚減退、痛覚減退、弛緩や萎縮を伴う筋脱力、特発性筋興奮性の亢進、腱反射の低下など」の神経学的な欠損がなければならない。こうした神経学的に決定的な証拠が挙がっていなければ、根性疾患と決めるわけにはいかないと述べている。さらに続けて、このような神経学的欠損以外では、「疼痛や異常感覚が足指あるいは手指にまで放散し、脚全体が痛むような印象や骨が痛むような感じがある場合、伸展下肢挙上テストが45度以下の場合」も根疾患の視野に入るとしている。

もう1人、日本を代表する整形外科医の福島医大付属病院長・菊地臣一教授は、近著「腰痛」の中で神経根障害の発生に触れ、機械的圧迫の意義について著述している。神経根を圧痕する頻度は、加齢とともに増加している。ところが、神経根障害の有病率は年齢とともに減少しており、このことは神経根障害が神経根の圧迫だけでは引き起こされないことを強く示唆するものだとしている。

その上で、圧迫性神経根障害の病態を2つに分けている。つまり、「麻痺性」と「疼痛(腰痛と下肢痛など)」である。ここで問題となるのは、同じ病態に生理学的には全く反対の現象が起こるとしていることである。

では、その下肢痛はどのようにして起こるのか。

菊地教授は後根神経節(DRG)の特徴に着目し、神経根性疼痛に重要な役割を果たすのだとする。そしてDRGの3つの特徴を挙げて、その根拠としている。すなわち、DRGは1.一次性知覚神経細胞を持ち、サブスタンスP、CGRPなどの神経ペプチドを産生し、疼痛伝達に重要な役割を果たしていること。2.神経根自体よりも機械的刺激に敏感であるため、わずかな刺激で異所性発火を生じること。3.神経-血管関門のない組織で血管透過性が亢進しており、軽度の圧迫でも浮腫が生じやすいこと、である。

菊地教授は、根性痛による末梢性の痛みは「異所性発火」と結論づけているが、神経根が完全に圧迫される前にDRGが刺激されて「異所性発火」が起こるという説であろう。

両教授がともに、根性疾患は基本的に痛みではなく麻痺性の病態であることを認めているが、その一方で神経根圧迫に伴う痛みについては諸説があり、検証されるべき病態なのである。


守屋 徹(もりや とおる)

  • 山形県酒田市出身
  • 守屋カイロプラクティック・オフィス酒田 院長
  • 日本カイロプラクティック徒手医学会・理事(学会誌編集長)
  • 痛みの理学療法研究会・会員
  • 日本カイロプラクティック師協会(JSC)・会員
  • マニュアルメディスン研究会・会員
  • 脳医学BASE研究会・副会

    「カイロプラクティック動態学・上下巻」監訳(科学新聞社刊)、その他あり。

    「脳‐身体‐心」の治療室(守屋カイロプラクティック・オフィス) ブログ

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