「イネイト・インテリジェンスとは何か?」第21回
イネイト・インテリジェンスの甦生(7)

(3)散逸構造1 エントロピー

 散逸構造を語るためには、まず熱力学について話さなければならない。18世紀後半から19世紀にかけて蒸気機関が発明、改良されたが、特にこれを効率的に作動させるための物理学の学問として、熱力学は目覚しい発展を遂げた。

 熱力学には第零法則から第三法則まであり、第零法則では熱平衡を定義し、第一法則はいわゆるエネルギー保存の法則で、第二法則がエントロピー増大則、第三法則は法則としない場合もあるが、不純物のない完全結晶が、絶対零度になればすべての原子運動が停止しゼロになるため、エントロピーはすべて一定になることを言う。

 因みに第零法則というのは、「マクスウェルの悪魔」で有名なジェームズ・クラーク・マクスウェルが、熱力学の体系が出来上がったあとに加えたため、零となった。
 

 この中のエントロピーが何なのかは、今一つわかりにくい。端的には、状態が乱雑になっていくときの尺度のようなものということである。秩序をもって変化するシステムが、変化がなくなって無秩序となっていく度合いを定量的に表しており、無秩序になるほどエントロピーの値は増大する。

 エネルギーも作用としてはわかるが、本体はよくわからない。エネルギーと同様に実在そのものではなく、現象の推移に量としての実在性を持たせているような感じがする。エントロピーは、熱力学、統計力学、情報理論など、多くの分野で使われている言葉であるが、その定義は一様ではない。
 

 熱力学は、系のマクロな巨視的性質における熱や物質の移動現象、それに伴う力学的な仕事について取り扱う。熱力学には、平衡熱力学と非平衡熱力学があり、一般に熱力学と言えば平衡熱力学を指す。

 平衡とは、「熱平衡・力学的平衡・化学平衡」(=熱力学的平衡)の三者を意味し、系の巨視的な熱力学的状態量が変化しないことを意味する。要するに平衡熱力学は、エネルギーが完全に保存された系における状態を見るという仮想的なものである。非平衡は、そのような状態ではない場合を指し、実際の現実により近く、統一理論は未完成である。

 熱力学でのエントロピーは、断熱系内のおける散熱過程の不可逆性を特徴づける量として位置づけられる。よく言われる、コーヒーの熱が放出されて室温と同じになってしまうと、元の熱いコーヒーに戻ることはないという事態である。

 これをクラウジウスの原理と言うが、エントロピー増大則と同質で、熱いコーヒーはエントロピーが低く、冷めるに従ってエントロピーが高くなり、室温と同じになったときにエントロピーは最大になる。同様なものにトムソンの法則(ケルビンの法則)や、オストヴァルトの原理、カラテオドリの原理などがある。
 

 熱力学におけるエネルギーや、物質を持つ巨視的システムには、大まかに「孤立系」、「閉鎖系」、「平衡開放系」、「非平衡開放系」の4種類がある。

 「孤立系」は、外部とエネルギーも物質もやりとりしないもので、完全な断熱系である。自然界には存在していない仮定概念で、存在として可能性があるのは「閉じた宇宙」であると言われている。

 「閉鎖系」は、外部とエネルギーのやりとりはあるが、物質はやりとりしないものを言い、缶詰のような密封状態のもので、温度変化などはあるが中の物質は移動しないものを指す。

 「平衡開放系」は、外部とエネルギーも物質もやりとりして、常に一定の平衡(状態)を保つものを指し、センサーフィードバックなどで一定の回転数を維持するエンジンや、一定の温度を保つ炉などを近似的に見たもの、つまり単純化したものである。

 非平衡開放系から時間推移を取り除き、モデル化すると平衡開放系となるため、システムを理想化して潜在力を計ることができる。時間推移があるならば、例えば全く成長も老化もしない生物がいれば、それは平衡開放系と言えよう。

 「非平衡開放系」は、外部とエネルギーも物質もやりとりして、時間推移に伴い変動しながら系を保つものであり、自然界のほとんどのものはそのような形で存在しており、成長し老化する人体もまた非平衡開放系と言える。

 閉鎖系や平衡開放系と仮定されたものも、厳密に見れば非平衡開放系である。また、外部の非平衡状態と連動して非平衡を取ることでシステムを安定維持しており、俯瞰的に見れば定常状態とも言えるため、定常開放系と言われる場合もある。
 

 これらの系のエントロピーは、どうなっているだろうか。孤立系では、系の内部でエントロピーが増大する。外部はない。つまり、エントロピー増大則をそのまま適用できるのは孤立系だけである。

 閉鎖系では、系の外部からエネルギーの入出力があれば、系内部のエントロピーの不可逆な増大には加減速が生じる。つまり、外部から熱が加われば内部の熱も上がるし、外部が冷えれば内部の熱も放出される。前述の室内のコーヒーの例を取れば、室内全体の温度変化により、コーヒーの冷める時間に幅ができる。

 平衡開放系は、系の外部にエントロピーの増大分を捨てることができる。システムによる何らかのエネルギーと物質のやりとりで、室温と関係なくコーヒーの熱さを一定に保てる。例えば、カップが温熱コースターの上に乗っているような感じである。ただし、時間推移を長く取ると平衡開放系とは言えなくなる。

 非平衡開放系では、系の外部にエントロピーの増大分を捨てるというより、増大を逆行させ得る負のエントロピーを取り入れ、系の内部のエントロピーの増大を減少せしめる。端的に言えば、系を一定に保とうとする再秩序化=自発的な自己組織化現象が行われる。コーヒーの例ではわかりにくい。最もわかりやすい例は、他者を捕食し熱に変える恒温生物であろう。この非平衡開放系こそが、後述する散逸構造である。

 負のエントロピーとは、エントロピーを減少させる物理量のようなもので、「シュレーディンガーの猫」で有名なエルヴィン・シュレーディンガーが、1943年に著書の「生命とは何か」の中で negative entropy という言葉を使い、その概念を提唱した。その後フランスの物理学者レオン・ブリルアンにより、短縮語ネゲントロピー negentropy という表現が用いられて定着したが、物理量としての存在は否定されている。しかし、この考え方は、散逸構造に大きな影響を与えた。これらの系において、その系を含む全体におけるエントロピーは増大方向にしか進まない。
 

 統計力学は、系のミクロな微視的状態の有様を取り扱い、系の微視的な物理法則を元に巨視的な性質を導き出す。つまり、ミクロな状態が直接観測できなくても、各粒子のミクロな性質を反映させた統計学的な確率的手法を用いることで、マクロな熱力学的な量を求めることができる。

 統計力学は、物質の性質を探る物性物理の研究の基礎となる理論であり、宇宙の創世から終焉、天体の形成、素粒子論や量子力学、ブラックホールに至るまで用いられる。また、統計力学は対象に確率分布を与えられれば、物理学に限らず何にでも対応できる。

 ある体系の物理量を観測したとき、物理量そのものの値は時々刻々、あるいは場所によって変動している。このような変動が統計力学における「ゆらぎ」となる。そのため、実際の測定値は「ゆらぎ」幅の平均値と言える。

 統計力学におけるエントロピーは、確率的な状態の数(量)の尺度であり、確率的に起こりにくい状態が、エントロピーが低く、より起こりやすい状態が、エントロピーが高い。

 例えばコインを100枚放り投げ、すべてが表になる状態は一つしかないため、確率的に起こりにくく、エントロピーが低い。表と裏が乱雑に出る状態がほとんどのため、その確率は高く、エントロピーは高い。特に表と裏が50枚ずつになる可能性は確率的に最も高く、最もありふれた状態なので、これを典型的状態と呼ぶ。

 分子レベルで考えれば、異なる熱を持つ分子を容器の中に入れたとき、特定温度の熱分子だけが1カ所に集まる確率は非常に低いが、すべての熱分子が無秩序に混ざり合う確率は高い。つまり無秩序な方が、エントロピーが大きいことになる。また、すべての熱分子が混ざり合ってしまえば、元の状態には戻らない不可逆性があり、熱力学との整合性がとれる。
 

 情報理論は、情報・通信を数学的に論じる学問である。データの定量化に関する応用数学の分野であり、可能な限り多くのデータを媒体に格納したり、通信路で送ったりすることを目的としている。

 情報理論でのエントロピーは、平均情報量とも呼ばれ、情報の不確実性の大きさを表す量を指し、量としての情報が整理されている場合、エントロピーが低く、同じ量でも情報がバラバラに集められた場合、エントロピーが高い。その情報の起こりにくさ、理解しにくさ、という予測に対する無秩序さを表す尺度とも言える。

 つまり、情報がバラバラで不確実、不規則であるほど、平均して多くの情報量があるが、情報が乱雑で理解しにくいほど、その情報から将来何が起こるかが不確実となり、予測不能であればあるほど、情報エントロピーが高くなる。逆に、その情報により将来の事象が予測可能である場合、情報エントロピーは低い。

 例えば、天気の予測という観点では、地形や風向き、雲の量や位置、気温や湿度、気圧などの情報のみであれば秩序があり、天気の予測は可能で情報エントロピーは低いが、天気予測には関係のないA君の鉛筆が折れたとか、総理大臣の国会での予算答弁はどうだったとか、I (x) = – log P(x)などの、無秩序で乱雑な情報量が多く含まれれば含まれるほど、情報エントロピーが高くなる。

 また、情報が個人の占有状態から拡散され、全体的な共有状態になった場合、不可逆性が生まれる。一旦、周りのみんなが知ってしまえば、自分だけが知っていた状態には戻らない。

 この情報エントロピーは、個人または社会的な情報の有用性とは関係ない。「自分がiPhoneを買った」と「どこかの誰かがiPhoneを買った」は、前者の方が有用な情報に見えるが、両者の情報量は全く同じである。
 

 ここでわかりにくいのは、これらのエントロピー概念がごちゃ混ぜになっている場合である。例えば、乱雑に散らかっている部屋があったとして、これらのエントロピー概念を比喩的に使った解釈してみる。乱雑に散らかっていれば無秩序であるので、単純にエントロピーが高いと考えてしまうがそうでもない。

 常に整理整頓しているA君の部屋が散らかっている場合、確率的に起きにくいから統計力学的にはエントロピーが低く、物の位置情報がバラバラになっていて、A君にとってどこに何があるのか予測不能な場合、情報理論でのエントロピーは高い。

 しかし、いつも部屋が散らかっているB君にとって、確率的に起きやすいので統計力学的にはエントロピーが高く、その方が物の位置がわかりやすいとすれば、B君にとってはどこに何があるのか予測可能なので情報理論でのエントロピーは低い。

 このように、客観的に一見して乱雑だということと、エントロピーでいう乱雑さは異なってくる。つまり、A・B両君にとっての秩序・無秩序の意味合いが異なる。また、情報は受け取る側によっても、エントロピーが一様ではないと思われる。A君、B君それぞれの部屋が何者かに荒らされた場合、観察者C君はA君の部屋を誰かが荒らしたと予測できるため、情報エントロピーは低いが、B君の部屋は荒らされているのかどうか見ただけでは予測できないとすれば、情報エントロピーは高い。

 さらに、これは原因によっても異なる。もし、A・B両君の部屋が巨大地震によって乱雑に散らかったとすれば、大きな地震で部屋の中が散乱する確率は高く、どこに何があるのかわからなくなるため、両君ともに統計力学的にも情報理論的にもエントロピーが高い。
 
 これが平衡熱力学エントロピーの場合は、不可逆性が強く伴うので、散らかった部屋が元に戻ることはないことから、人が物を散乱させた状態ではなく、火事で部屋が灰になってしまった場合に、エントロピーは増大するという感じなのかもしれない。

 しかし非平衡熱力学の場合、エントロピーの逆行、つまり負のエントロピーという再秩序化が発生する可能性がある。つまり、ある程度の可逆性を伴っているため、散らかったり、片づいたりするかもしれないが、物が劣化するなどの不可逆性が伴い、総体としてエントロピーは増大しなければならない。

 しかしながら本来、エントロピーは不可逆性を伴うものであるので、可逆性のある部屋の乱雑さとは本質的に関係ないものと言え、このような比喩は根本的に間違っていると言えるかもしれない。

 人体における身近なエントロピー増大の一例としては、超音波検査で筋肉を見たとき、若者の筋線維はきれいに配列しているが、老人になるとその配列が乱雑になっていることなどが挙げられよう。
 

 さて、マクロを対象とする熱力学とミクロを対象とする統計力学は、かなり相即に語れる。しかし、情報に関してはちょっと異なる感じがする。例えば分子生物学において、DNAの持つ分子に対する統計力学エントロピーと、情報エントロピーは同じものではない。

 DNAの分子配列で最も確率的に起きやすいものが、統計力学エントロピーが高く、DNAの分子配列から翻訳された情報が乱雑で意味不明なほど、情報エントロピーが高いことになると思われる。ただ情報に確率分布を与えられれば、情報に対する統計力学エントロピーを考えることはできる。

 この熱力学、統計力学、情報理論の三者の最も大きな違いは、物理において熱力学も統計力学も実在している物を対象にしているが、情報はそれを活用できる者がいなければ意味がなく、実在ではないように思われる点である。また、熱力学も統計力学もエネルギー保存の観点からも無になってしまうことはないが、情報は消去可能である。
 

 マクロな仕事をする人体とその内部のミクロな状態について、科学的エビデンスなどを提出している学問の基礎は、この熱力学と統計力学である。そして、人体を動かしている根本にあるものは情報のやりとりである。これらの関係については、次回に述べたいと思う。


木村 功(きむら・いさお)

・カイロプラクティック オフィス グラヴィタ 院長
・柔道整復師
・シオカワスクール オブ カイロプラクティック卒(6期生)
・一般社団法人 日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC) 副会長兼事務局長
・マニュアルメディスン研究会 会員
・カイロプラクティック制度化推進会議 会員

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