「イネイト・インテリジェンスとは何か?」第19回
イネイト・インテリジェンスの甦生(5)

(2)カオス 2-1

 カオスとは、語源ではギリシア神話における原初の神であり、すべての神々や英雄たちの祖にあたる。大辞泉によれば、一般に宇宙発生以前のすべてが混沌としている状態。混沌、無秩序を言う。対義語はコスモスであり、コスモスとは同じく大辞泉によれば、整然とした統一体としての宇宙、または世界。秩序や調和を指す。語源ではカオスからコスモスが生じている。しかし、現象面ではコスモスの中に、常にカオスが存在している。
 

 カオスの特性は、前述の初期値鋭敏性=バタフライ・エフェクトだけではなく、もう一つある。この、もう一つの特性を「有界内における非周期軌道」と言う。これも、これだけでは何のことなのかよくわからない。カオスは必ず「有界内」、つまりある特定の範囲内で作動し、むやみに無限大の時間や空間に作動が拡張することはない。決定論的であり、因果関係がはっきりしている。

 一定の間隔で同じ状態を繰り返すことを周期的と言うが、「非周期的」とは減衰振動のように同じ状態を二度と繰り返さないことである。一般に軌道が安定的に一定である場合、特定の周期的な軌道を取ると言える。例えば、全く同じ円周上を回るような軌道である。

 しかしカオスでは、そのような状態にならず、特定の範囲内で同じ軌道を二度取ることはない。このようなことから、先の初期値鋭敏性は軌道不安定性と言い換えられることもある。

 「軌道」とは、一定の規則に従って時間の経過とともに状態が変化する力学系において、初期条件に即して時間の経過とともに定まる、物理学(力学系)における位相空間(phasespace)上の点の集合である。連続的な時間を仮定した系では、軌道は位相空間内で1本の曲線となり、離散的な時間を仮定した系では、軌道は位相空間内で点列となる。

 物理学(力学系)における位相空間とは、力学系で対象が取るであろう、状態すべてから成る数学的な抽象的空間であり、系=システムの状態集合に適当な数学的構造(例えば座標など)を加えて、運動の状態を一点で対応させることができるように考えた高次元空間である。これにより、システムの振る舞いを解析するときに、そのシステムの状態が空間上でどんな動きをするのかという視点の、切り替えのための概念的な道具となる。

 かつて、デカルトによって座標が発見されたため、基点を定めればいかなる物体の形態やその運動も、数値で表すことができるようになった。コンピュータの進歩で逆に、あるシステムが生み出す数値を形にすることもできるようになった。システムの作動を形にして、その形の変化を見ることによって、システムの将来の動向を予測することが直接観察できるようになったわけである。

 因みに、物理学(力学系)における位相空間は、数学における位相空間(topologicalspace)とは異なるため、数学者はこれを相空間と呼ぶ。また連続的とは、時間や空間などの物理量データをアナログで表記することで、離散的とはそれをデジタルで表記することと言える。この場合のアナログとは連続的に変化する物理量を表す概念で、デジタルは連続から切り離された離散的、つまりバラバラな物理量を表す概念である。端的に言えば、アナログ時計が針の止まることない動きで時間を表し、デジタル時計はその時点を数字で時間を表すことと同じである。
 

 先に紹介したYouTubeの動画の説明のように、ローレンツの微分方程式に従って、全く異なる二つの初期条件で計算していくと、最初はそれぞれ別の動きをするわけであるが、両者ともにあの蝶のような軌道周期内に収まってしまう。このおかしな軌道をストレンジ・アトラクターと言う。これが、いわゆる「有界内における非周期軌道」である。

 この蝶のようなストレンジ・アトラクターは、ローレンツ・アトラクターと言われるもので、バタフライ効果ほど有名になってはいない。さらに、動画のようにもっと多くの大気状態の点を考えて、それらの動きを計算しても結局のところ、同じストレンジ・アトラクターに引き寄せられていく。

 それぞれの可能性が、不規則でランダムな動きをしながら、有限の空間内に無限とも言える軌道を描くことになる。位相空間の中でループやら線が決して合流せず、交わることがない。また平衡点にもならず、周期的軌道も伴い、このようにある範囲内で周期的ではない軌道を通ることがカオスの特性である。これは一つの自己組織化と見ることもできるのではないかと思う。
 

 このストレンジ・アトラクターについて説明すると、そもそもアトラクターとは何かを引きつけたり吸い寄せたりすることを意味する。力学系では、運動状態を計算して位相空間内での軌道を見ると、エネルギーの出入りがある系=エネルギー非保存系、つまりエネルギーが散逸するシステム(これを散逸系と言うが、散逸構造系については後に説明する)の運動は、十分な時間が経つと特定の軌道や点に落ち着く。このように運動状態が、やがて安定した状態に引き寄せられてしまう軌道の有様をアトラクターと言う。

 単純なアトラクターは下記gifのような感じで、これは二次元座標であるが、単純なものでは、このように運動状態が続いていき、最終的に一点に収束する軌道を描く。
 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/90/Phase_space_of_a_simple_pendulum.gif
 【出典:ウィキペディア/アトラクター】

 従来、アトラクターは、上記のように一点に収束する動きを表わす「定常点あるいは平衡点=点アトラクター」と言われるものと、連続的に繰り返す周期運動を表わす非線形系でのみ現れる「周期アトラクター=リミット・サイクル(ポアンカレ・サイクル)」の2種類しかないとされていた。

 その後、二つ以上の周期運動が合成された場合の動き(準周期運動)により、位相空間内で幾何学的に見るとドーナツ状のトーラス(円環)と言う形状を示す準周期アトラクターと言われるものが見つけられ、すべての力学上の動きはこのトーラスに落ち着くと考えられていた。

 ところが、カオスを有する非線形力学系で入出力があることでシステムを保っているような場合、その変化から得られる軌道を位相空間と呼ばれる座標にプロットすると、先のトーラスが崩れて、奇妙な形に吸い寄せられ、軌道が一定の領域をくまなくおおうような形になり、その本質が誰にもわからないという意味で、これをストレンジ・アトラクターと呼んだ。

 このストレンジ・アトラクターは、静止点(平衡点)に収まるわけでもなく、周期的軌道に近づいていくわけでもない、同じ軌道を二度と通らない非周期的な軌道を取りながら、一定の領域を埋め尽くしていく。

 さらに、ストレンジ・アトラクターの構造は、幾何学的には無限の細部構造を持ち、この構造の細部を拡大すると、おおよそ同じような構造を持つ。つまり、部分と全体とがほぼ同じ形となる自己相似形と呼ばれる図形構造性質があり、これをフラクタルと言う。そのため、フラクタル構造を持つアトラクターを指してストレンジ・アトラクターの定義とする考え方もある。

 フラクタルは「細部を拡大すると全体と似る複雑図形」であり、植物などでは、下記HPのロマネスコなどがわかりやすい。フラクタルは自然界によくある構造で、人体では肺や血管、腸壁、神経系、ゲノムなどがフラクタル構造を持つと言われている。

 数学でフラクタルとして有名なものに、マンデルブロ集合がある。 
 https://gigazine.net/news/20070219_romanesco/
 

 幾何学的構造とは、数値を座標系で図形に変換したときの構造で、フラクタルの場合、数値が小さくてもほぼ同じ形になる。例えば、ローレンツの微分方程式に従って、1カ月の天気変化を分単位で辿っていくときに生じるアトラクターと、1分間の天気変化をミリ秒単位で辿って生じるアトラクターは、ほぼ同じ形を取ると考えられる。
 
 フラクタル構造の特質は、その細かい変化を平らにすると、曲線の長さは有限であるにも関わらず、細かく見ていくほど際限なく長さが伸びる。極限においては有限領域に収まっているべきものが、無限大の長さを有することとなる。結局、0から1までの数字の間を小数点で分解すると、無限に小さくなり得るのと同じことであろう。

 まるで仏教の曼荼羅や、神聖幾何学模様などの構造のように、有限なもので無限なものを表し、また全体と部分は同じであり、それが織り込まれ、繰り返されて世界がつくられている。全体の中に部分があると同時に、部分の中にまた全体がある。全体と部分が調和することで、ストレンジ・アトラクターは美しく描かれていく。初期値鋭敏性がストレンジ・アトラクターの力学的・動的な特徴を表しているのに対し、フラクタル構造がストレンジ・アトラクターの幾何学的・静的な特徴を表していると言える。

 しかし、ストレンジ・アトラクターの数学的証明は難しく、ローレンツ・アトラクターが最初に発見されたのは1963年だが、ストレンジ・アトラクターであることの完全な形での数学的証明が最初に与えられたのは2002年のことである。このローレンツ・アトラクターの他に、有名なストレンジ・アトラクターとしては、メビウスの帯に似たレスラー・アトラクター、京都大学工学部の上田教授の発見したジャパニーズ・アトラクターなどがある。
 

 振り返って、我々が人体の運動について考えたとき、ロボットの動きのような周期的な軌道を通るモデルを規定していないだろうか? しかし、人体の動きがカオスであれば、周期的な運動はあり得ないことになる。このようなカオス、ストレンジ・アトラクターが人体にとって、あるいはカイロプラクティックにおいて、どのような意味をなすのかということについては、次回述べたいと思う。
 


木村 功(きむら・いさお)

・カイロプラクティック オフィス グラヴィタ 院長
・柔道整復師
・シオカワスクール オブ カイロプラクティック卒(6期生)
・一般社団法人 日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC) 副会長兼事務局長
・マニュアルメディスン研究会 会員
・カイロプラクティック制度化推進会議 会員

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