代替療法の世界 第42回
「A.T.スティルの吐息」

最後の吐息

 人は死ぬときに息を吐いて死ぬと言う。ではオステオパシーの発見者、スティルの最後の吐息はどうなっているのだろうか?

 ちょいと算数で解いてみよう。基本法則である演繹法を利用する。スティルの臨終のひと息に含まれていた水素原子を私たちは1呼吸で何個吸い込んでいるのだろうか? まず地球上の体積を求める。地球の1周は4万㎞だから2πrで半径は6×10の8乗cm、大気圏の高さは10の5乗cmであり、地球の表面積は4πrの2乗で求めることができて、4πはざっと計算して約10とすると、10×(6×10の8乗)×2になり、まとめると表面積は3.6×10の18乗㎠なる。体積は表面積×大気圏の高さで3.6×10の23乗になる。一呼吸の体積は10の3乗㎤なので、地球の体積で割ると、1分の3.6×10の20乗になる。水素1グラムに含まれる原子の数は6×23乗個(アボガドロ定数)である。大気中の酸素は水素の16倍重いので、それで割ると約10の23乗個含まれていることになる。

 スティルの呼吸は約1ℓ(体積は10の3乗㎤)だから、約1gの水素原子が含まれていることになる。10の23乗×10の20乗分の1(大気全体に対する1呼吸の割合)=10の3乗個となり、スティルの臨終のひと息を、われわれは呼吸のたびに1千個の水素原子を吸っていることになる。球と表面積の公式と指数を使った、中学までのよく知られた算数である。計算は少しややこしいが、演繹法を使っておおよその数を導き出せた。
 

スティルは草葉の陰で何を思う

 さて、スティルの残したオステオパシーであるが、その原理原則とされている教えが下記の通り。
1、体は1つのユニットである
2、身体は自然治癒力を持つ
3、機能と構造は連関する
 以上3つの原則を満たすものがオステオパシーであると定義されているが事実は違う。

 これらの定義についてスティルは何も言っていないのである。のちのオステオパスたちがオステオパシーの定義づけのためにつくったものである。1953年にアメリカの事情で合意形成が必要になった。オステオパシー協会としては、説明のためにどうしても定義をつくらなければならない。この年を境に上記の定義が浸透していくことになった。しかしながら、この判断によってオステオパシーはスティルの想いとは裏腹に変遷していくことになる。
 

発見者の言葉の重み

 オステオパスにとってのお題目である定義が崩壊した。根拠を示そう。スティルの著書であるTHE PHILOSOPHY and MECHANICAL PRINCIPLES of OSTEOPATHY.(以下PMPO)には構造の単語はわずかで、相互を表す単語も2つのみ。なんとしても構造と相互という言葉を使わないというスティルの想い。これによって上記3、の機能と構造は連関するという定義の一角は崩れた。構造と機能はオステオパシーの本質ではない、という証左である。オステオパシーは3つの定義が担保されることで成り立つ。スティルがPMPOにて書いていないから、論理が破綻していると認めざるを得ないだろう。発見者がないと言っているものを、のちのオステオパスたちがあると言った。

 なぜそんなことが起きたのか、素地はあった。当時のジャーナルを見ると、それがよくわかる。業界の機関紙はスティルの本と比べると薄くてわずか数ページである。その中に機能と構造という単語が数十個見られる。つまり、論文執筆者である弟子たちは、スティルの考えを十分に理解していなかったということになる。これらの論文はスティルのPMPOが出版される2年前の話である。スティルの著書には構造の記述はほとんどない。一方、弟子たちはそればかりを述べた。この矛盾が構造と機能という間違ったお題目につながっていったのだ。
 

何が変わったのか

 こうしたオステオパシーの変遷とは、具体的には何を表すのであろう。構造に着目するにあたり、ソマティック・ディスファンクション(以下SD)や位置異常を表すためにタイプ1、2、3の病変をこしらえた。また構造異常を処理するために筋エネルギー、筋膜リリース、カウンターストレイン等々、ほとんどのテクニックが構造に対してのアプローチである。構造というお題目を抱えたために、構造に関連する定義と治療術が生まれることになった。

 PMPO全319ページの中で、構造という単語の使用率はわずか11語である。言い換えれば、スティルは構造に対してほとんど関心がなかったのである。だから、PMPOには位置異常に関する記述はほとんど見受けられないのだ。ここで1つの疑問が湧く。あれほど解剖、解剖と言っていたのに、なぜに構造を重視していなかったのか、である。解剖学は構造を学問するものではないのか、確かにそうである。が、スティルの言う解剖は構造に対してのアプローチではないのだ。PMPOには、構造を変化させるためにその処理をしたということは書かれていないのである。ここにスティルの考えと弟子たちとの乖離が決定的なものになる。
 

演繹法の弱点とは

 それよりもスティルが一番大事にしていたものは、前提である。平たく言えば演繹法である。演繹法の要諦は既知の事実を積み上げていくことにある。前提に間違いがないか十分に吟味しそれに基づいて施術したのである。スティルがやったことは、今日よく知られているオステオパスのそれではない。彼が自称した、ライトニング・ボーン・セッターがすべてである。誤訳されているが、電光石火の整骨医ではないのである。本来の意味はPMPOを読み解くことで知ることができる。スティルはオステオパスではなく、ただのひとである。オステオパシーを発見したが、創始したわけではないのである。残念ながら演繹法には弱点がある。

 それは新しい発見ができないということである。がしかし、オステオパシーを行うことに対して、それは取るに足らない問題である。スティルはSDも使っていないし、位置異常の治療もしていないから。それでも彼の治療を求めて鉄道が敷かれ、宿泊施設ができた。門前市をなすとはこのことだ。結果が伴えば、あとはついてくるのである。これこそ「100万ドルの価値がある」考え方と行動である。秋の夜長にスティルのオステオパシーを発見した瞬間の水素原子を吸いながら、億万長者になれる演繹法に思いをはせるのもいいだろう。


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。