「イネイト・インテリジェンスとは何か?」第17回
イネイト・インテリジェンスの甦生(3)

(1)一般システム論2

 われわれはシステムという言葉をよく使っているが、それが本当は何を指しているのか、果たして理解しているのか曖昧であったりする。日本語にすれば、組織的機構のような感じであろう。

 一般システム理論について、ここまでの話をまとめてみると、ウィキペディアの「一般システム理論」の項によれば、下記のような説明がされている。

・ 19世紀までの近代科学では、原子1つひとつの挙動の寄せ集めですべての現象を説明可能とする要素還元主義が一般的(つまりはすべての現象が線形という扱い)であり、3つ以上の原子が相互作用して起きる非線形な現象を、形而上学の概念である「全体性」として説明してきた。近代科学の時代は、非線形現象について、あたかも科学的に説明できない「生気」が、物質に付随するかのように捉えられており、「生気」の実在を巡って激しい論争が起きていた。

・ 20世紀に入って、物理学に帰着した説明を行う要素還元主義の下で、各分野の理論が成熟してくると、各学術分野において、異分野の議論に同じような説明が多数存在することが判明し始めた。この似た部分を抽出し、モデル化を行うことで、物理学に帰着しなくても現象の科学的な説明が行える、可能性が出てきたと同時に、要素還元主義で「生気」と呼ばれた現象の客観的な説明可能性も見えてきた。そのような機運の高まりの中で、ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィにより、全体性の内実について、生物の構造をモデルとした有機構成による科学的な説明が行われ、多数の賛同者を集めるとともに、生気論は影を潜めていった。生物以外も含めた理論適用の過程で、全体性を支配する法則をシステムと呼び始めた。

・ システム理論の提唱により、全体性も科学的に説明可能となり、複雑系や自己組織化現象等、非線形な現象まで科学的にモデル化し、理解できるようになった。また、システム理論は分野を跨いで同型な議論を再利用できるようにし、科学的な議論の効率化にも大きく貢献した。
 

 このような経過をたどるが、一般システム理論において重要なことは、最初に述べた通り、この考え方が非常に幅広いものを対象とできるにもかかわらず、その本質は生物の有様からきているという点にある。

 生物におけるシステムというものは、開放系であるので外部に対する入出力があって初めて作動する。つまり、前述のようにシステムは情報により作動する。情報と言っても生物においては、ある種の衝動のようなものとも言えるが、これをカイロプラクティックの古典的な考え方に当てはめてみると、情報の流れとは1927年にラルフ・スティーブンソンDCが、B.Jに頼まれてカイロプラクティックの哲学的考察のために書いた33の基本原則の中のイネイト・フォースと捉えることもできる。

 この場合、フォース(=入出力)の流れを阻害するものがサブラクセーションである。このフォースを脳からのライフ・フォースと言ったりするが、ライフ・フォース(生命力、life force)という言葉は、エラン・ヴィタール(生命の飛躍)で有名なアンリ・ベルクソンが、有機体の進化と発生を引き起こすと考えた、物理的でも化学的でもない仮想の力を指して言ったものでもある。

 また、システム自体が情報の入出力によって調和を保っているとすれば、入出力が一定でない以上、常に変化することで調和が生じていることとなる。この場合、様々なサブシステムの変動がトーンとなり、ある種のハーモニクスが生まれる。このとき1つのサブシステム、あるいは複数のサブシステムの連携に問題があれば、トーンに協調性がなくなる。それにより、全体の調和としてのハーモニクスに異常が見られれば、それを生じさせるトーンにサブラクセーションがあるとも言える。

 これらの考え方は比喩的であり、現代医学的な形での具体的な説明がしにくい。しかし、システムの概念からすれば、情報のやりとりが阻害されていると言うことになる。振り返って、古典的な神経圧迫概念を考えてみると、システム自体は破綻していないので物理的な意味合いで神経が圧迫される必要はなく、情報のやりとりが阻害される状況を概念的に神経圧迫と捉えたに過ぎないと言えるであろう。
 

 またD.Dはサブラクセーションの起こる原因として、下記の3つを挙げた。
1.Traumaトラウマ-外傷
2.Toxinトキシン-毒素
3.Thoughtソウト-思考・自己暗示

 これらは、それぞれ物理的ストレス、化学的ストレス、精神的ストレスとも言える。端的には現代医学的な筋骨格系、代謝系、脳神経系(自律神経系)などに対応している。しかし、このようの捉えるのはカイロプラクティックの本質と異なることと思う。

 上記の3つの原因でサブラクセーションが発生するとすれば、この3つがイネイト・インテリジェンスの正常な働きを阻害する因子、つまりシステム内の情報の流れを阻害する因子となりうると言える。

 これらがシステムを破綻させるほどの重大な問題となっていなくとも、情報の流れの阻害によりシステムの問題を生じさせる可能性がある。あるいは、これらの原因によってシステムが破綻するような状況から脱した後に、システムの不調を生じさせるかもしれない。

 このような場合、むしろシステムが作動し続けることにより、システムの不具合が大きくなる可能性すらある。つまり、システムの作動=イネイト・インテリジェンスがサブラクセーションを生じさせていることとなる。そうすると、上記3つの原因が取り除かれたとしても不具合となるサブラクセーションは解消されない。これらの原因はきっかけに過ぎず、これらによってシステム内に生じた情報の流れの歪みは、それぞれの問題が解消されたとしても歪んだ情報による作動を続ける限り、何らかの問題を継続させる可能性がある。

 この場合、サブラクセーションはシステムが生み出した結果であると同時にシステム不具合の原因となり、通常の因果関係では説明できない。つまり、因果関係を証明することを主体とした科学的考察では問題を究明できないとも言える。換言すれば、通常の医科学的なシステムの捉え方では、カイロプラクティックにおけるシステムとしてのイネイト・インテリジェンスは把握できないと考えられる。
 

 さて、このような一般システム理論に端を発するシステム概念は、システム論として多様な発展を見せる。河本英夫氏のシステム論の分類では、以下の3つに分けられる。
 第一世代 動的平衡系
 第二世代 自己組織化系
 第三世代 自己創出系(オートポイエーシス)
 

 第一世代の動的平衡系は、入力と出力の流れの中で持続的にゆらぎを解消しながら(あるいはゆらぎとともに)、動的に平衡をたもつことによって形成されるシステムである。言い換えれば、外部から入出力を得ることで変動に対応しながら、定常的な平衡状態を維持するフィードバック/フィードフォワード・システムである。

 われわれに馴染み深いホメオスタシス=恒常性などもこの考え方に該当し、一般にシステムと呼ばれるものはこれを意味しているが、これだけではシステムの全体性がどのように生じているのか明確ではない。つまり、システムの働きを考察して、「恒常性」と言う概念を措定しているだけで「恒常性」が、システムの全体性からどのように生じているかについての言及はない。自然治癒力などもこれに該当するわけで、古典的な「イネイト・インテリジェンス」もシステム論的にはここに当てはまるであろう。
 

 第二世代の自己組織化系については、このあと言及していく予定であるが、要は入出力によってシステムの構成要素が階層関係を保ちながら自己生成する過程自体をシステムとみなすものである。その動態は非平衡開放系をなし、平衡状態は定常的ではない。つまり、「恒常性」のように事前に明確な根拠もなく経験的に常に一定のバランスを保つとされていた全体性の規定に対し、その全体性は常に平衡状態が崩れ続けることにより、次々に平衡状態をつくり出し、それを自己として組織化することで自己を維持していくシステムである。
 

 複雑適応系や散逸構造、シナジェティクス(すべての構成原理とされる相乗効果=シナジーを包括的に理解しようとするもの)などもここに入る。「イネイト・インテリジェンス」が自己維持のためのシステムであれば、自己組織化の概念は「イネイト・インテリジェンス」の発展に欠くことができない。ただし、根拠が希薄である場合、疑似科学的な説明で終わってしまう可能性があるので十分な注意が必要である。

 例えば、科学的に数値化できない不確実な対象を観ている場合、量子力学的な説明をしてしまうこともあるが、単に対象が量子的であると言う説明より、カントの「物自体」のような説明の方が良いように思う。量子的な説明をすると、ミクロの世界とわれわれの世界は違うと言い張られてしまう可能性が高い。

 それよりも還元主義の矛盾をついた方が良い。ミクロの状態をマクロに当てはめることが間違っているのであれば、還元主義は最基底まで還元できない中途半端な考え方であり、結局あらゆる「法則」と呼ばれるものは、特定の基準枠の中でしか法則たり得ないものであって、人体のようにすべてが理解されていない対象のおいては、ミクロの状態がマクロに大きな影響を与えているかもしれず、様々な概念による治療アプローチがある方がより健全であると言える。
 

 第三世代の自己創出系は、最新のシステム論と言っても20年以上前のものであるが、端的には自分で自分を創り出すシステムであり、元は神経システムをモデルに組み立てられている。このシステムを外部観察すれば非平衡開放系であるが、システム内部から見れば、閉鎖系であり入出力がない。これはシステム論にカントの「物自体」の概念を取り込んだような雰囲気があり、「盲目なる生存意志」をシステム論化した感がある。これについても、いずれ言及したいと思っている。
 

 このようなシステム論の発展によることで、イネイト・インテリジェンスを蘇らせることができるのではないかと思う。カイロプラクティックは直接的に特定の物理的構造を変化させるわけでも、生化学的な機能を変更するわけでもない。そのような変化があったとしても、それはイネイト・インテリジェンスが行なっている。

 つまり、カイロプラクティックのやっていることは、全体的なシステム内の情報の流通を正常化させることであり、それさえもシステム自体の作動によって正常化される。では、どのような情報なのかと言えば、人体のおけるシステム作動の根本は運動であるので、最終的には主に頭部から股関節までの、体幹における運動のための重心制御の情報であると言えよう。先に挙げたサブラクセーションの3つの原因も、結局体幹の動きを阻害すると言える。要するに、これは単に自然治癒力の発現を促すというものではなく、自然治癒力を生み出すシステムそのものを正常化あるいは強化するというようなことである。

 自由な重心移動により、無理のない運動を行うために生まれつき備わっている知性こそが、イネイト・インテリジェンスではないだろうか。
 

参考文献

木村 功(きむら・いさお)

・カイロプラクティック オフィス グラヴィタ 院長
・柔道整復師
・シオカワスクール オブ カイロプラクティック卒(6期生)
・一般社団法人 日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC) 副会長兼事務局長
・マニュアルメディスン研究会 会員
・カイロプラクティック制度化推進会議 会員

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