徒手療法の世界に身を置いて 第9回
徒手療法家と探偵

先月、誕生日に子供たちから誕生日プレゼントをもらった。中身は「名探偵コナン」の単行本、その時点で99巻、未だ完結が見えてこない。昔は赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズを良く読んでいたが、今はもっぱらコナン派で、毎年ゴールデンウィークには家族揃って映画館に足を運んでいる。

われわれ徒手療法家をはじめ日々臨床にあたる者は、よく「探偵」に例えられることがある。これは、患者さんの体に何が起こって何がそうさせたのか、という原因を追究する作業が似ているからなのだろう。それらを追求するためには、まずは患者さんおよび患者さんの体から情報を集めなくてはならない。まさに探偵稼業さながらのプロセスだ。

犯人はアイツなのに…

コナンでよく出てくる一説に「犯人はアイツなのに証拠がねぇ」、そして話が進むにつれて証拠が出てくるが、確証がないまま困るコナン。そんなとき、登場人物の一人の何気ないひと言が、出てきた証拠と結び付き解決となる。証拠が出てきても、それらが結び付かないと解決には至らない。私たちの臨床もそれと同じで、証拠(陽性所見)がいくつあっても、それぞれが症状につながらなければ、犯人(原因)を捕らえたことにはならない。

カイロプラクティックでは「症状の原因はサブラクセーション」だと。これはカイロプラクティックを生業にしている人なら、誰でも一度は口にするなり聞いたりしたことがある一節だろう。逆を言えば、症状が改善していないなら、それは「サブラクセーションではない」ということになるのではないだろうか?

前にも書いたかもしれないが、検査はやるだけでは役に立たない。検査結果はあくまでも「証拠」の一つであって、それがあるからと言って犯人には辿り着けない。犯人に辿り着くためには、点と点を結んで線にする必要がある。

「名探偵コナン」からの名言

「アンタの無実を証明しようと、調べれば調べるほどアンタが犯人だ、という証拠が次から次に出てくるんだから」、「不可能なものを除外していって残ったものが、例えそれがどんなに信じられなくても、それが真相なんだ!」。表現は違うがこの二つの言葉には共通点がある。それはクリティカル・シンキングに基づいているということだ。クリティカル・シンキングとは簡単に言えば「反証」である。そうでない可能性をつぶしていくことで、確証を得る考え方だ。

例えば、京都の市内や札幌の市内は道路が碁盤の目のようになっている。スタート地点Aからゴールである目的地Bまでは、基本的にどの道を通っても最終的に行きつくことができる。しかし、この道を通らない、または通れないとなれば、自ずと道順が決まってくる。

陽性所見がたくさん見つかると、施術に迷うことはないだろうか? 患者さんの状態が、検査をすればするほどわからなくなることはないだろうか? そして最後は「取り敢えず」ここからやってみよう! と主観で施術する。ここまでくると麻酔針で眠らされる前の毛利小五郎でしかない。

Case Closed

すべての患者さんが良くなっていくわけではないが、施術家としては、すべての患者さんに良くなってもらいたいと考えるのは当然である。それもたまたまではなく、それなりの確率でだ。このためにはきちんと筋道だっていないと、右往左往するだけで解決の糸口は見つからない。

だからこそ、出てきた陽性所見も陰性所見も同じ「所見(情報)」として見落としてはならないし、その優劣をつけてもいけない。Case Closed(事件解決)となるかCold Case(未解決事件)となるかは、ここにかかってくる。


辻本 善光(つじもと・よしみつ)

現在、辻本カイロプラクティックオフィス(和歌山市)で開業。
現インターナショナル・カイロプラクティック・カレッジ(ICC、東大阪市)に、22年間勤め、その間、教務部長、臨床研究室長を務め、解剖学、一般検査、生体力学、四肢、リハビリテーション医学、クリニカル・カンファレンスなど、主に基礎系の教科を担当。
日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC)学術大会でワークショップの講師を務め、日本カイロプラクティック登録機構(JCR)設立当初には試験作成委員をつとめる。
現在は、ICCブリッジおよびコンバージョン・コースの講師をつとめ、また個人としてはカイロプラクティックの基礎教育普及のため、基礎検査のワークショップを各地で開催するなど、基礎検査のスペシャリストとして定評がある。

 


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