第2回カイロプラクティック・フェスティバル
「TIME & SPACE 時空をともに」を終えて
今月13日、14日に開催した、第2回カイロプラクティック・フェスティバル「TIME & SPACE 時空をともに」を終えて、今後このイベントを毎年恒例のものとするため、今回を振り返り数回にわたって連載させていただくことにした。まず今回、開催に至った経緯を紹介させていただく。本サイトでコラムを連載中の木村氏が番外編で、辻本氏も連載の中で本イベントを紹介してくれているので(来週掲載予定)、私は主催者として全体を総括させていただこうと思う。
今年元日の能登半島地震の様子をテレビ・新聞等の報道で観ていて、これまでの震災のときと同様、何か自分たちで応援しなきゃとチャリティーによるイベントを考えた。それには、まず会場。ここは学会等で幾度か使用した東京・大井町駅前の品川区立の「きゅりあん」しかないと、これまでもずっと惜しみない協力をしてもらっている、よくぞ品川区民でいてくれましたと称えたい、若林に相談した。会場使用は抽選で決定されるため、直近の3月末にある抽選会で、10月の会場獲りを賭けるしかなかった。そこで、品川区民の若林と、私は兄夫婦が経営する編集プロダクションが品川にあるので、そこの顧問(あまたお引き受けしている肩書の一つ)として、二人で抽選会に臨んだ。
結果は二人が顔を見合わせるようなことが起こった。区民が数十人クジを引いた中で、私が8番、「よし、どこか取れる」という番号だった。そして若林はというと、なんと5番! そうして10月の5日、6日と13日、14日の2週連続でゲットすることができた。正に奇跡である。若林は過去にも無類のクジ運を発揮し、いつも「俺、ここで運を使い果たして、そのあと何もいいことないんだよね」と嘆くが、それも私にとっては「なんぼでも嘆いてちょうだい、ありがとね」と、心地良い独り言のグチにしか聞こえなかった。来年以降も二人で手に手を取って抽選会に臨むが、あくまで10月を第一希望とし、9月下旬から11月上旬までを範囲として、2月の抽選会から4月まで通うつもりだ。なので来年もまず間違いなく、どちらかがどこかをゲットできると信じている。
さて会場の準備は整った。次はキャッチと中身である。ん、待てよ? それまで忘れていたが、計算してみたら科学新聞社のカイロ関連事業開始55年、ということはカイロジャーナル発刊35年、日本カイロプラクティック徒手学会設立25年、第1回カイロプラクティック・フェスティバルから15年、全部記念事業だから当たり前のことだが、なんとまあよく重なっている。よし、これで行こう!
そうして中身であるが、前年8月に設立四半世紀を前に、学会がその活動に終止符を打った。コロナで思うような活動ができなくなってしまったのが一番の原因だが、そうなってしまうとオールジャパンの面々が一堂に会する機会がなくなってしまう。学会の解散が会員に知らされたとき、学術面での撤退もさることながら、そのことを惜しむ声が、顧問と主たる事務所を仰せつかっている私にも数多く寄せられた。それで、よぉーし、それなら設立当時の活気溢れる雰囲気を再現しようと考え、それ仕立てにした。
かと言って、何の問題もなくすんなり決まったわけではない。まず学会の会長を務めたお二人、中川氏と小倉氏には絶対お出でいただくとして、次に中川氏もそうだがウチのWebセミナーを受け持っていただいている丸山と辻本、そこから私の好みで塩川氏と榊原氏、最後の一人を考えていたとき、和泉氏から帰国中との連絡をいただいた。候補に挙げていなかったわけではないが、アメリカからの交通費はとても払えない。氏もまたWebセミナーを受け持っていただいているし、即イベントの趣旨を説明し依頼した。選んだ方々は謝礼なしという、とんでもない依頼に快く応じてくれた。
次回から当日の様子とそこに至る裏話、私が接した参加者たちとのやり取りなどを交えて紹介する。
斎藤 信次
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