代替療法の世界 第14回「規制緩和のツケ」

わが国が直面している問題点の一つに、少子高齢化問題がある。これが様々なところに影を落とす。治療業界全般に言えることだが、柔道整復(柔整)師に限って言えば、私の地元、高知県では特にその影響が強いと思われる。具体的な数字を挙げると、15年ほど前には180人ほどいた公益社団法人の会員が、現在では116人と大幅に割り込んでいる。数の減少は深刻な問題であり、会費収入が減るということは、会を運営していく資金が不足していくということなのだ。また、柔整師となっても公益社団に入らないというのも根拠の一つ。これは地方の話であるが、全国的に同様の問題を抱えていくことになるだろう。大きな理由は高齢化と規制緩和である。

 

学校が雨後の筍のごとく、その結果

規制緩和の一つとして、20年ほど前の平成10年に柔整学校の新規開校が認められた。裁判など紆余曲折を経てのことであったが、それを境に全国で雨後の筍のごとく学校が乱立した。それまでは全国で14校、定員1,050人のみであった。平成21年のピーク時は定員が9,000人を超えた。平成22~29年までの平均免許取得者の数は4,581人になっている。昔の1,050人という数の4倍以上である。長い間、毎年1,000人くらいの卒業生(免許取得者)が世に出、需要と供給のバランスが保たれていた。つまり、全国で開業している接骨院が自然に1,000軒近く廃業し、新たに1,000人の柔整復師が生まれる。ゆるやかな微増という状況であった。他業種ではあるが、司法書士の状況が昔の柔整の環境に似ている。令和元年8月1日現在、司法書士22,734人 司法書士法人 707法人。毎年の合格者数は平均で700人弱である。試験を受けなくても、裁判所事務官、裁判所書記官、法務事務官もしくは検察事務官として、その職務に従事した期間が通算して10年以上になる者は無試験で登録できる。業種は違えど司法書士業界は需要と供給のバランスが取れているように思う。

 

魅力的? とても代を継がせようとは

厚生労働(厚労)省の調査によれば、平成10年度は接骨院23,114軒、療養費2,542億円、就業柔整師数29,087人。平成26年度は接骨院45,572軒、療養費3,825億円、就業柔整師数63,873人。単純に計算すると、平成10年の接骨院の収入は1,099万円、柔整師1人当たりだと873万円。平成26年の接骨院の収入は839万、柔整師1人当たりだと598万円。就業柔整師数から接骨院の数を引くと、平成10年は5,973人、平成26年は18,301人。資格はあるが開業していない柔整師が増えている状況である。平たく言えば、競争相手が倍になり、開業を躊躇し、収入は3分の2になった。収入は減ったのだが、家賃や光熱費、人件費などの固定費は下がるわけはなく、厳しい経営を強いられているのが現状である。5年前でもそういった状況であり、今後もこの傾向は変わらないし、より状況は悪くなっていくだろう。となれば、若い世代から接骨業界を見た場合、魅力的には映らない。現実に、高知県で仲間の柔整師に聞いてみても、息子や娘を柔整師にしたくないと言うし、若い世代が二代目、三代目として跡を継ぐということもほとんどない。加えて高齢化の波により、廃業を余儀なくされるケースが後を絶たない。当然、人口減少と比例して接骨院の数も減る。

 

療養費の額だけでは? 実態は、PTの供給過多は

臨床整形外科学会との対立もある。柔整の療養費が、全国の産婦人科と小児科の医療費を合計したものと、ほぼ同じであると言われる。全国の接骨院数45,572と比較すると、全国の産婦人科と小児科を足しても3,900施設であり、接骨院と比較するとおよそ12分の1である。つまり、病院は1軒あたりの売り上げは1億円、接骨院は830万円となる。分母の数が違うので、接骨院の数が増えると療養費は膨らむ。臨床整形外科学会の言い分は、医師ではない者(柔整師)が医療費(療養費)を食い漁っているという論旨なのである。随分な言われようだが、規制緩和は国家の方針なので柔整師を批判しても意味がない。それよりも整形外科医や他科の医師が、今後抱える問題は別にある。厚労省の需要と供給の推計によると、理学療法士(PT)や作業療法士(OT)の供給数は、現時点において需要数を上回っており、2040年頃には供給数が需要数の約1.5倍となる予測。平成18年にリハビリの日数制限が行われたことを思い出すと、理学療法士の供給過多の状態が続けば、近い将来、政府はリハビリの保険点数を下げることは明白だろう。リハビリの単価を落とすだけで、供給過多の状態は緩和できる。今までの収入を医師や医療従事者が分け合うという形にすれば良いだけだから。

 

往時の整形外科医の開業、成功のカギは?

規制緩和によって、柔整師は食える職業ではなくなった。さらに一部の整形外科医との軋轢も生んだ。昔は整形外科医が開業するときに、柔整師を雇って開業しないと上手くいかなかった、という話を高知の先輩から聞いた。にわかには信じられないが、理学療法士がいなかった時代の話である。昔はそういった良好な関係だったそうだ。今でも柔整師に理解を示してくれる整形外科医もいるということが少しでもの救いか。

 

「ツケ」の清算は、状況を把握し、吟味し、手を打つ

規制緩和は上手くいく場合と上手くいかない場合がある。柔整師に行った規制緩和は後者の失敗に該当する。昔は柔整や鍼灸に入れない人たちが、カイロプラクティックの門を叩き、参入していた。しかし、簡単に鍼灸や柔整学校に入学できるようになったために、カイロプラクティックの学校はほとんどなくなったではないか。柔整師業界の凋落により、本や関連商品も売れないので、出版社や医療機器メーカーも厳しい経営をしているところが多い。柔整問題は代替療法の関係するところにしわ寄せを作ってしまった。柔整問題、理学療法士問題など社会保障費の「ツケ」はいつか払わなければならないが、溜まりに溜まった「ツケ」は踏み倒しと相場は決まっている。「馬鹿とは状況判断ができない奴のことをいう」とは故立川談志の金言。現状を正しく認識すること、それらをよく吟味すること、そして何らかの手を打つこと、が肝要になろう。


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

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