代替療法の世界 第7回「上善は水の如し」

人間の生活は水と共にある。だからこそ「水」を使った慣用句や諺(ことわざ)がたくさん見られるのである。これは水が日常生活において必要不可欠な存在であることの証左であろう。人体にとっても同じく水は欠かせない。体内の約20%の水分が失われると死亡する。水なしでは5日もすれば深刻な状況になる。水さえあれば食物がなくても2~3週間は保つ。

一般成人男子の体の構成比は体重当たりの%で比較すると、水分60%、無機質7%、脂質15%、タンパク質18%であり、そのほとんどが水である。また新生児の水分量は90%近くあり、高齢者だと50%位である。さらに水分の三分の二が細胞内液であり、三分の一が細胞外液である。細胞外液を詳しくみると、血液、リンパ液、脳脊髄液、胸水、腹水、尿、関節液(滑液)、眼房水、硝子体液になる。

免疫系に注目すると、血液、リンパ液、脳脊髄液が対象になる。スティル博士もそれらに着目していた。著書の中でも触れている。風邪などの感染症対策にもオステオパシーはひと役買ってきたのである。このようにリンパ液の働きを昔から治療に利用してきた。

 

ブルーノ・チクリとケリー・ダンブロジオ

近代になり、ブルーノ・チクリMD D.O(以下、チクリ)が特異的なリンパ・ドレナージを開発した。ケリー・ダンブロジオ氏(以下、ケリー)も、チクリと共にヘルスケア教育インターナショナル・アライアンンスに所属していたのだが、チクリがそこを出たため、リンパ・テクニックを教えるようになったようである。

両者のリンパ・ドレナージ法は全く違う。チクリは表層リンパに対してのアプローチであり、ケリーは深部リンパに対してのアプローチである。それぞれのテクニックの概略を示すと、チクリのリンパ・ドレナージ法は、リンパマッピングという特異的なリンパの流れをとらえる方法である。それによりリンパの特定の流れを体表に地図のように浮かび上がらせるのである。どこのリンパの流れが悪くて、どこが正常なリンパの流れか、を比較することで治療箇所の選定が出来る。選定が出来れば治療は殆んど終わったようなものである。流れが悪い所に流れを作ってやれば良いだけだ。

一方、ケリーのリンパ・バランシングは深部リンパとリンパ節に焦点を当てている。深部リンパの流れにとって、隔膜が解放されている事が必要だ。上から順に、小脳テント、胸郭入口、呼吸横隔膜、骨盤隔膜の4つである。この隔膜の緊張が深部リンパの流れを止めてしまうのである。だから隔膜の治療を最優先する。次に自律神経の治療である。副交感神経系に属する後頭骨と頸椎1番の開放と、仙骨と腸骨、仙骨と腰椎5番の開放である。これにより副交感神経に対してのアプローチが可能になる。その後、肋骨を挙上させるテクニックを用いて、交感神経にアプローチするのである。さらにリンパ節にパンピングを加えることにより、リンパ流量を増大させる。

このように両者のテクニックには相違点が見られる。しかしながら、リンパ液テクニック(リンパ・ドレナージ、リンパ・バランシング)の特性は様々な症状に有効である。老若男女問わず恩恵を受けることができる。主なものでは、浮腫の減少、慢性、亜急性の様々な炎症の緩和、繊維筋痛症の症状緩和、筋スパズムの改善、スポーツ外傷、手術後の後遺症、脊椎、胸郭、四肢の整形外科的問題、エステティックなどである。

 

安保理論で考察すると

以上、方法論は違えども結果を出している。これは何を意味するのか? 両者に共通するのは、リンパ液の流れを促進している点である。故・安保徹氏の理論を基に考察してみると、なぜリンパ・テクニック(リンパ・ドレナージ、リンパ・バランシング)が有効なのか、が良くわかる。安保理論によれば、交感神経亢進は顆粒球を増やし、副交感神経亢進はリンパ球を増やすという。リンパ液の組成を見てみると、そのほとんどがリンパ球である。つまり、免疫システムにおいてリンパ液の流れを促進するということは、リンパ球の増大を意味する。リンパ・テクニック(リンパ・ドレナージ、リンパ・バランシング)によりリンパ球を多量に心臓に戻すことにより、血中のリンパ球を増やすのである。

白血球の特性は下記の通り。

  • 自律神経には、交感神経と副交感神経があり、自律神経はそれぞれ、リンパ球と顆粒球を支配している。
  • 白血球は単球とリンパ球と顆粒球から構成される。
  • 交感神経は顆粒球を支配する。
  • 副交感神経はリンパ球を支配する。
  • 顆粒球は主に細菌処理を受け持つ。
  • リンパ球は抗体を利用した免疫反応により微小抗原(ウイルスなど)の処理をする。

また感染症には大きく分けると、細菌感染とウイルス感染がある。防御にあたる白血球はそれぞれちがう。細菌感染は顆粒球で処理されて、化膿性の炎症を作る。ウイルス感染はリンパ球で処理されてカタール性やフレグモーネ性(アレルギー性)の炎症を作る。これらの違いは微生物の粒子の大きさによって決まっている。大きければ顆粒球、小さければリンパ球が処理をする。

 

風邪はリンパの反応

風邪はほとんどがリンパ球による反応である。風邪が重症化する原因として、リンパ球系の正常領域(30~45%)からの逸脱がある。過剰であれば、発熱、炎症、消耗などが強く見られる。過少(免疫抑制状態)であれば、炎症が遅延することが多く、脳炎、脊髄炎、肺炎などを起こす。また免疫能が低下すると、口唇ヘルペスや帯状疱疹などの隠れていたウイルスが現れるのである。

キーワードは「免疫抑制状態のときに、組織障害が引き起こされる」である。これは交感神経過緊張により、顆粒球の増多と血流障害が起こるのである。胃潰瘍、潰瘍性大腸炎、関節炎などはこれが原因である。これらが引き起こされる時は、必ずリンパ球が減少しており、免疫抑制状態にある。そして副交感神経反応は常に痛みを伴う。リンパ球が減少している状態は、免疫抑制状態と同義である。となると、なぜリンパ・テクニック(リンパ・ドレナージ、リンパ・バランシング)が慢性、亜急性の様々な炎症の緩和することが可能なのか?の問いに答えることができるのである。安保氏が示した自律神経と免疫系との密接な関係性が理解を助けてくれる。

 

リンパ治療は水商売?

チクリは「リンパ・ドレナージ」と言い、ケリーは「リンパ・バランシング」と言う。呼び方の違いはそれぞれであるが、使っているのはリンパ液そのものである。それをいかように使うか、が本質である。老子の言葉に「上善は水の如し」という格言がある。これは高いところから低いところに水が最短距離を流れる様子を表したものであり、物事が上手くいくことの例えに使われる。治療が上手くいくのも「上善は水の如し」である。自然に逆らわないことが肝要か? 体内の「リンパ」という水を上手く使って治療する。まさに水商売。先行き不安定な治療家という稼業にとっては、いろんな意味でそう思える。


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

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