代替療法の世界 第38回
「都合のいい話 -丸山神経学 その3-」

万能薬はあるのか?

 何にでも効いて副作用がない薬。そんな夢のような薬は世の中にはあるのか?メディカルの世界、もとい医者の世界では薬を使う。その多くは自律神経に働きかけるものだから、当然ながら交感神経を亢進させる薬は副交感神経を低下させるし、逆もまたしかり。亢進させることを主目的にすれば、低下させる作用が副作用になる。

 人間の自律神経の調整を考えれば、あっちを立てればこちらが立たず。こちらを立てればあちらが立たぬ。自律神経はシーソーの関係だから、この原理原則は人種が違っても変わらない。むろん個々人それぞれの差があるから、副作用が全く出ない人もいるし、副作用によって重篤な症状を出す人もいる。
 

カイロプラクティックとは?

 カイロプラクティックはアメリカ生まれである。サブラクセーションを除去することにより、自然治癒力を発現させ、その先天的治癒力(イネイト)により、病気や不具合を癒す。というのがおおまかな定義である。

 メディカルは副作用を持つ薬を使っていると論じた。一方で、徒手療法には副作用はないのであろうか? よく聞く話で、徒手療法は薬を使わないから安全であるという話がある。確かにメディカルではないから、薬を使うことはないので副作用はないだろう。しかし、これは論理のすげ替えである。

 効果を謳うのであれば、必ず副作用はある。カイロプラクターはアジャストメントだけを行うだけにあらず。神経の専門家という二つ名を使う。であれば、治療効果に伴う副作用も当然ながら「ある」と考えないと、論理的に破綻する。
 

その理論、破綻してませんか?

 また、カイロプラクティックには、「健康な人をもっと健康に」というスローガンがある。事実、痛みが主でオフィスを訪れた患者が、痛みが取れたあとにメンテナンスを兼ねて、カイロプラクティック療法を続ける場合も多い。先にカイロプラクティックはサブラクセーションを除去することが定義であると述べた。

 であるなら、サブラクセーションとは一体何なのか、ということになる。症状をつくり出す原因ということであれば納得できる。だが、健康な人をもっと健康にというスローガンは納得できない。アジャストメントは薬と同じ効果を発揮するとするならば、当然副作用もあるはずだ。健康な人が飲む薬はない。であるなら、健康な人が受けるアジャストメントもないということになる。

 こんな簡単なロジックが一部の徒手療法家には理解出来ないのであろう。だから都合の良い話をする。YouTubeなどの動画サイトにそうした動画が何本もある。何事にもメリット、デメリットがある。メリットとは薬で例えると主作用であり、デメリットとは副作用のことである。

都合の良い解釈

 カイロプラクターは神経の専門家。であるなら、アジャストが身体に対して何を起こしているのか、ということを徹底的に考えなくてはならないだろう。「安全な治療なんてありません」と神経学の丸山氏は言う。これには全くの同意見で、いいとこ取りの治療は存在しない。光があれば陰があるように、徒手療法は好むと好まざるとにかかわらず、自律神経系に影響を与える。神経学では当たり前の話である。

 神経の分類では、五感に代表されるように感覚神経があり、手足や体幹を動かす運動神経がある。徒手療法家ができることは、五感に対して刺激を入れるだけである。刺激方法の違いがどの神経ルートを使って入力をするか、ということである。一旦入ってしまった刺激は、コントロールしようにもなすすべがない。それこそ、その人が持つ自然治癒力、カイロプラクティックで言うところのイネイトがコントロールするのである。

 すべてはイネイト任せ、ここには楽観論しかない。アジャストによってサブラクセーションが除去され、自然治癒力が患者を癒す。という期待値が大きいだけの話である。メリットしか論じない治療術は矛盾を生じる。ご都合主義のいいとこ取りはないのである。

イネイトが徒手療法家を助ける?

 臨床でHVLA(高速低振幅のアジャストメント)を使う御仁には、あるあるの話だと思うが、リスティングが間違っても良い結果が出ることも多い。これは何を意味するか? 特異的なアジャストでなくても、身体は変化するということを示唆している。

 これを拡充すれば、少し乱暴だがリスティングの正確性はともかく、アジャストにより1bの刺激が身体に入り、脊髄を通じ脳へ入力され、その反射により網様体が賦活され、脳からの筋トーンに対する2重の抑制が働き、トーンが正常になることによって、症状が軽減しているということになる。これらの現象は、脳の可塑性によるものだ。それこそアジャストの失敗をイネイト(自然治癒力)が助けてくれている。逆説的だが、現象面を考えるとイネイトが患者だけではなく、徒手療法家も助けていることになる。

 ここで一つ注意がある。神経が疲弊していて閾値が低下し容易に発火しやすい状態になっていれば、1b刺激であるアジャストメントは神経壊死を引き起こす。いわゆるアジャストメントの副作用である。この鑑別が知りたい方は丸山氏の局在神経学講座をお勧めする。安全性を売りにするのであれば、なおさらだ。やってはいけないことを知っていなければ、安全な治療どころではない。丸山氏は講座の中の随所で安全性を高めるための方法論や思考法を教えてくれる。治療家稼業にはキャッチーな売り言葉も必要なのはわかる。だから商売として、「薬は副作用があるから」とメディカルを批判し、徒手療法の優位性を声高に叫ぶものも良いだろう。しかしながら、それはそっくりそのままブーメランとなって帰ってくる。ブーメランをキャッチし損ねたら大怪我をする。神経学を学ぶ理由はそこにあるのだ。
 


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

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