代替療法の世界 第51回
「空白の1976-2014」

歴史に空白はない

 歴史を眺めてみると、文字がない時代は口伝で伝わり、文字が出来てからは文書で歴史が綴られてきた。そこには空白期間はない。歴史において何事もないということはないのだ。例えば古事記のように、文字がない時代は何百年もの長い間、口伝により世代を越えて物語が継承されてきたのである。現代は文字がある。であれば、歴史は文字として残されるから後世の人も、現在のことを知ることができる。歴史だけにとどまらず、ありとあらゆる情報が未来につながれていくのだ。

オステオパシーの空白期間

 一方でオステオパシー(以下、オステ)の方ではどうであろうか。オステの歴史も同じく空白期間はない。本誌ジャーナルにおいて、オステの記事に関して1976年から2014までのおよそ40年間もの記述がなく空白であった。この期間にオステ業界に何があったのか? オステを実践する御仁には興味があるのではなかろうか。以下に米国のオステの歴史と哲学の変遷を記す。

オステオパシー歴史・哲学の変遷(1976年〜2014年:米国版)

年 代 出来事と医学的背景(米国) 哲学・学理の変遷
1977年 全軍・連邦機関での地位確立 米国国防総省等の連邦政府機関において、DOがMDと完全に同等の資格として扱われる制度が定着
1980年代 大学の新設ラッシュと大規模化 私立のオステオパシー医科大学が全米で次々と設立され、学生数が急増する
1990年 医学教科書『Foundations for Osteopathic Medicine』初版刊行 AOA(アメリカ・オステオパシー協会)がオステオパシーの現代的な定義を成文化した標準教科書を刊行
1990年代後半 OMM(徒手医学)の必修科目化の厳格 全てのDO校でオステオパシー徒手医学(OMM)の教育が義務付けられるが、臨床実習での使用機会は減少
2001年 米国内科ボード(ABIM)との連携 DOがMDの専門医資格試験を受験するケースが一般的になり、専門医化が加速する
2010年 オバマケア(ACA)の施行 医療改革により、プライマリー・ケア(総合診療)の重要性が再認識され、DOの役割が期待される
2012年 「位置の異常」から「体性機能異障害」への完全移行 臨床教育において、骨の位置ではなく、組織の動きや質感(TART)を重視する診断基準が完全に定着
2014年 臨床研修制度(レジデンシー)統合の歴史的合意 AOAとACGME(MD側の認定評議会)が、2020年までの研修プログラム一本化に合意

 以上、1976年から2014年までの期間である。この表から読み取れることは、アメリカにおけるオステ医学ならびにオステオパス(DO)は、「伝統的な手技の継承」から「主流医学(MD)との完全な制度的同等性」へと大きく舵を切った、ということである。オステがMD(メディカルドクター:西洋医学医師)と同等の扱いになったということは、メリット、デメリットが当然ながら出てくる。

MDと同等の権利のメリットとは?

 まずはメリットからいってみよう。医師としての完全な社会的地位の確立である。MDと完全に同等の法的権利(処方権、手術権、全科の専門医資格)を得たことで、DOは「代替療法の施術者」ではなく「全権を持つ医師」として、軍、大学病院、政府機関で活躍できるようになった。また研修医プログラム(レジデンシー)が共通化の方向に動いたことで、全米のあらゆる病院で専門医トレーニングを受けることが可能になったのである。最新の薬物療法や手術を行いながら、同時にオステ独自の「全人的(ホリスティック)な視点」を権利的には持ち合わせるようになった。そうして(建前上は)患者は「高度な現代医学」と「身体の自然治癒力を重視する哲学」の両方を一人の医師から受けられるようになったのである。

 さらに専門細分化が進むMDに対し、伝統的に家庭医や地域医療を重視したため、米国における慢性的な地域医師不足を解消することになった。1990年代以降、大学教育において科学的研究手法が取り入れられたことで、それまで「経験則」や「直感」に頼っていた手技療法に、解剖学的・生理学的な根拠(エビデンス)ができた。「神業」から、誰もが学べる「医学的技術」へと整理されたことで、全米40校以上の大学で均質な教育を提供できるようになった。また不必要な処置の削減も挙げられる。オステの「構造と機能は相互に関係する」という哲学を学んだ医師は、薬や手術に頼る前に筋骨格系のアプローチ(OMM)をすることができる。よって患者の医療費負担を軽減し、早期回復を促すことができるようになった。

デメリットは?

 1970年代に法的権利を勝ち取ったゆえに、「MDと何が違うのか?」という問いに対しての、アイデンティティの見直しに迫られたことである。MDと同等の権利であれば、疾患に対しての手術、投薬ができてしまうので、DOとしてオステを施す根拠(アイデンティティ)の整合性を自問自答しなくてはならなくなった。その結果、手技の形骸化が起こり、教育課程には残ったものの、実際の臨床(病院勤務のDO)において手技を用いる医師は10%以下にまで低下した。この1975〜2014年は、オステが「アメリカ独自の伝統療法」から「アメリカの標準的な医学教育の一環」へと、完全に吸収・統合されていくプロセスであったとも言えるのだ。スティルの哲学は、現代の生理学やバイオメカニクスという言葉に置き換えられ、神秘性が排除されることになったのである。科学は神秘性との両立はできない。皮肉なことだがMDと同等の権利を得たがためにDOの独自性は大分失われたのである。

等価交換でないのは、パチンコだけじゃない!?

 このようにメリット、デメリットが出てくるのは当然の流れである。何かを得れば何かを失うのだ。功罪相半ばといったところか。このおよそ40年間で「地位と権利」を受け取った。代わりに「オステのアイデンティティ、スティルの哲学」を失ったのである。これは等価交換か。いや違う、メリット、デメリットを比較したときに、どちらがより良いのかを考えると、メリットの方が大きいと思ったからオステ業界は変革を受け入れたのだろう。だとすれば、多数は少数に勝るのであるから、これも必然の流れかもしれない。そして2026年を迎えた現在に至るのである。
 


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。