「イネイト・インテリジェンスとは何か?」第16回
イネイト・インテリジェンスの甦生(2)

(1)一般システム論

 ベルタランフィは、生命と機械を比べたときに次の3つの謎が残るとした。
1、機械は自然発生しない。
2、予め予想されていない攪乱要因に対して、際限のない自己調整機能を発揮する。例えば、免疫機構は侵略してくる雑菌に対し、予め備わっていない抗体を産出することができる。
3、自己の構成部品を自ら産出することができ、交換し自己を維持している。
 

 このような考察から生まれたシステム理論において、システムとは次のようなものである。
・システムは互いに作用している要素からなる。
・システムは部分に還元することができない。
・システムは目的に向かって動いている。
・一つのシステムの中には、独特の構造を持った複数の下位システムが存在する。
・下位システムは相互に作用し合いながら調和し、全体としてまとまった存在を成している。
 

 こういう観点から単純な機械論ではない、つまり部分を積み重ねても全体はわからないから、全体性を見失わないようにしよう、という考え方が推し進められた。現在では生気などという言葉を使っただけで、似非科学のレッテルを貼られるわけであるが、これは生物学などでも、生物の営みすべては物理と化学で還元主義的に分解でき、古典的な因果関係により決定論的に説明できると考えているからある。

 それに対して、いわゆるシステム論的思考では、システム内部で起こっている物理的状態とか化学的変化は、あくまでシステムの中の要素が行っている一作動にしか過ぎないと考え、それだけを見ても全体は理解できないとする。端的に言えば、人体のような複雑な対象を「創発性と階層性」と「情報の通信と制御」 に注目して問題を捉えることで、システムがより効率良く作動する方向性を見定めるわけである。

 この「創発」とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が全体として現れることで、要するに「全体とは部分の総和以上の何かである」を逆さまに見ている。脳において、個々の脳細胞の振る舞いから、どのようにして脳が持つ知能や創造力が発現するのかはわかっていないが、これなどは創発の具体例の一つである。また下位システム(サブシステム)の作動は、上位のことを考えて作動していない。上位も下位を細かく見て指示しているわけでもない。

 運動を考えた場合、この筋肉を収縮させよう、次はこの筋肉をなどと考えていなくても、あるいはこの筋を収縮させるために、この筋細胞を収縮させてというようには作動しない。それでは恐らく間に合わない。下位の筋細胞は、単に各々がその場の情報で収縮するという目的を遂行するだけであり、結果的に、全体が必要な動きに統合されてくるという創発的な発現が生じる。サブシステム各々の作動は、全体に対して盲目的にも関わらず、全体的なシステムは合目的的に、整合性が取れた協調した動きとなる。

 このようなシステムの構成を考えると、明確に「階層性」がある。「階層性」に関しては、人体では現代医学の区分である解剖学的、生理学的なサブシステムとして、各々細胞や組織や器官などの段階的階層概念や、循環器系や神経系、筋骨格系などのレイヤー的階層概念でも理解可能である。しかし、人体をこれらの単なる複合体と考えるのでは、還元主義的な機械論と同じであるから、人間というシステムの中にそういう構造があるだけで、それぞれの階層構造が独立していながら連動しているというシステムの全体性を見なければならない。その意味では「創発性」と「階層性」は同じものである。

 この場合、現代医学的に言う様々なサブシステムの区分は、人体あるいは人間というシステムそのものにとってのサブシステムと同質とは言えない。現代医学では一般に構造物を区分して「系=システム」としているが、実際の人体システムでは、その作動目的において各々の機能と構造が絡み合っているわけであるから、構造のみでの区分はできない。循環器系や神経系、筋骨格系などが横断的に協調し合った、その作動に見合う機能的なサブシステムの階層連動性がある。

 また、誰にも僧帽筋があるとしても、全く同じ構造や機能を持つ僧帽筋が存在していない以上、普遍的な実在として僧帽筋が存在しているわけではない。単に僧帽筋という名称に普遍性があるだけで、実際に存在している僧帽筋と呼ばれるものは、あくまで各々異なる個物であるという唯名論でしかない。

 筋骨格系に目を向ければ、人体というシステムの運動性において個別の筋の存在などはどうでもよく、必要な収縮の協調した連動ができれば良いだけであり、そこにあるのは、「情報の通信と制御」と言える。この場合、筋骨格系と神経系は不可分であるが、神経系には他の臓器の状態や、位置情報なども入力され得るとすれば、それらの系とも不可分と言える。

 システム内に流通する情報のやりとりは、さまざまな伝達方法を使いながら大雑把にも見えるようで精密である。結局、システムにおける「創発性と階層性」と「情報の通信と制御」は切っても切れない関係で、まさに渾然一体となっている。つまり、部分に還元することができない。この「通信と制御」の考え方では、ノーバート・ウィーナーが1948年に提唱したサイバネティクスというものがある。

 これは高射砲の照準の自動化などに関連した研究から、通信と制御を融合して、機械と人間が協調的に何かを成すために発展した学問であるが、コンピュータの父で「悪魔の頭脳」と言われたフォン・ノイマンや、情報エントロピーで有名な情報理論のクロード・シャノンなどによって、発展した情報科学の基礎で、これがフィードバックやフィードフォワードなどの概念で発展していく。

 機械と人間を結ぶという点でサイボーグ(=サイバネティクス・オーガンの略)の語源などで有名だったりする。つまりは異なったシステム間での情報のやりとりによって、別々のサブシステムを一つのサブシステムにまとめあげ、その作動は情報のやりとりによって調和を得ており、一つのサブシステムが複数のサブシステムに、あるいは複数のサブシステムが一つのサブシステムに関連し合うなどというように、流動的にサブシステムを構築する。

 システム理論は、いわゆる還元主義的な機械論を排除しているが、先のサイバネティクスを見てもわかるように、機械論そのものと相性が悪いわけではない。カイロプラクティックは生気論的でありながら、その治療手法であるアジャストメントは、明確に機械論的である。しかしアジャストメントがしている者は、機械のズレた歯車の位置を物理的に修復するようなものではない。

 現代医学的な筋骨格系で考えれば、収縮することしかできない筋にとって、骨格は足場である。こう書くとアジャストメントが足場の位置を修整するものだと考えがちであるが、この足場は固定されたものではなく、筋を含む軟部組織によって支持されている。

 つまり、ある種のテンセグリティ構造で維持されている。そして、その構造体はかなりの自由度で運動変化している。単なるテンセグリティ構造と異なる点は、圧縮材と引張材の他に、それを包む膜と区画化された膜内部に満ちている、異なる密度のゲル状およびゾル状、その他の液体・半液体成分などから構成されている点であろう。

 このような構造を持ち、常に動いている人体において、足場(圧縮材)である骨格自体は、筋(引張材)と連動して常に自由に位置変動しており、同時に筋の出力を変化させているもので、足場の自由度の減少が筋の自由な動きを阻害すると同時に、筋の動きの自由度の減少は、足場の位置の自由度の減少となり、原因と結果はお互いがお互いを生じさせるような関係になる。

 しかし、これは単なる関節の可動性の減少に問題を置き換えられるものではない。全体としての筋や骨格の動きの自由度の減少が、特定の関節の可動性の減少と直接結びつくわけではない。なぜなら、システムが関節の可動域の減少に適応すれば、それは必ずしも不具合にはつながらない。

 問題の一つは、全体としてのシステムが柔軟な重心移動に適応できていない状態にある。そのため外形的には、可動域は減少するかもしれないし、増大するかもしれない、また正常かもしれない。いわゆる古典的な素朴な因果関係では、説明できなくなる。

 運動のための重心制御における不滑動化、あるいは偏動、固着は、その他の内包物とも密接に関係し合っているため、重心の自由度の低下により、特定の部分に圧がかかり区画内の密度を上げるが、病的状態とまでは言えない。それはシステム全体に問題が波及する可能性を示唆するが、システムが崩壊するほど決定的ではない。

 しかし、システムが自身の状態に適応できないということは、結果的にシステム自体がシステムの問題を生じさせているとも言える。では、このシステム全体の自由度を取り戻すためにどうすれば良いかと言えば、システムの作動が変更され適
応されれば良いのであるから、その介入方法は多様となり、そのため多彩な徒手療法が生じ得る。

 その中の一つの方法として、カイロプラクティックのアジャストメントがある。この場合、アジャストメントは足場を一瞬取り外してしまうような方法と言え、厳密には足場というより重心を振れさせる。重心の制御は、現代医学的には神経系に依っているわけであるが、神経系というサブシステムに影響を与えるというだけではなく、複数のサブシステムに影響を与え、結果的にシステム自体がシステム全体の作動を変更することとなる。
 
 この場合、既に医学的な意味合いのサブシステム、つまり循環器系や神経系、筋骨格系などをサブシステムとして捉えていない。そのような区分とは異なる、それらが連動したサブシステムを捉えている。これを仮に重心制御系とすれば、そもそも目に見えない重心というものを制御しているため、システムとしての明瞭性に欠ける。

 また、重心とは一般に重力が一様である場合、質量の中心であるが、人体のように半液体状の物質では、運動時の慣性により形態や内容物の変動によって、重心の位置も常に微妙に変動する。重心の位置は決定論的に特定の範囲内に収まるにも関わらず、継時的に重心位置を予測できないという、初期値に対する鋭敏なる依存性を持つと思われる。すなわち、カオスであり、数値的に厳密な予測は困難となる。

 このようなシステム状態に対して、アジャストメントによって与えられた情報により、システム自体がシステムに必要な作動の自由度を再構築する。つまり、アジャストメントは人体というシステムに物理的な干渉をすることで、システム内の情報の伝達と制御を変更している。もっと言えば、特定のサブシステム内、あるいは複数のサブシステム間における情報の伝達と制御を壊している。

 これはサブシステムを直接的に最適化しているのではなく、サブシステムの作動を瞬間的に停止することで、全体的なシステム自体が新たに創発的に情報の伝達と制御を組み直し最適化するわけであり、これこそがイネイト・インテリジェンスがサブラクセイションを治すということであると考えられる。
 

参考文献

木村 功(きむら・いさお)

・カイロプラクティック オフィス グラヴィタ 院長
・柔道整復師
・シオカワスクール オブ カイロプラクティック卒(6期生)
・一般社団法人 日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC) 副会長兼事務局長
・マニュアルメディスン研究会 会員
・カイロプラクティック制度化推進会議 会員

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