代替療法の世界 第23回 「青い鳥はどこにいる?」

生活の余裕は心の余裕と比例する

マズローの欲求階層説によれば、人間の欲求はピラミッド構造になっており、下層から「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5つの階層に分かれている。下層は生命維持にとって必要不可欠なものであり、下層が満たされてから上位の層に欲求が移るのである。中でも厄介なのが「承認欲求」である。治療家であれば、患者に認められたいし、仲間からも尊敬されたい。患者に認められるためには治療技術を上げるのも一つの方法であり、患者からの承認欲求を満たすためにセミナーに足しげく通い詰めるのもその表れであろう。

患者が来なくなれば上位の階層から順番に「社会的欲求」「安全の欲求」「生理的欲求」が侵されることになり、上位の欲求どころではなくなる。患者が減少すれば収入の減少と同じだから最終的には生理的欲求が満たされなくなる。そうなってしまえば承認欲求どころではなくなるのだ。目先の金銭を得ようとするから自分の休暇を当ててセミナーに参加するという考えには至らず、休みの日でも患者を診ようとするようになる。それぐらいマズローが示した欲求階層説は、人々の行動に隠された意味を明らかにする。

また承認欲求が厄介なのは、下層である欲求を満たそうとせず、やるべきことを見失い、嫉妬に狂い、他人にも迷惑をかけるようになることもあるからだ。こうした人の行動を小難しく心理学的に考えなくても、わかりやすく言えば「衣食足りて礼節を知る」ということで理解できるだろう。生活にゆとりができてこそ、礼儀や節度をわきまえるようになる。という意味であり、どちらにせよ行動の根底にあるのは恐怖心を解消しようという本能である。

生理的恐怖心を克服すると、次には安全な所にいたいという、危険に対する恐怖心が出てくるのである。それを克服すると、次の社会的欲求に含まれる恐怖心を克服していくことになり、行き着く先が尽きることのない、自己実現の欲求を満たそうとすることになる。

 

何を学ぶか、目的を明確にしてカパンジーの攻略を!!

コロナ禍のため対面セミナーへの出席がはばかられるようになった。その反面、ウェビナーなど対面でなくてもセミナーが受講できるのは、地方に住んでいる方や対面セミナーに抵抗のある方にとってはありがたい話である。スキルアップだったり、治療のヒントを得ようとしたり、個々人それぞれの理由があろうが目的を明確にしなければ学ぶことに意味はないだろう。

ここで言う目的とは、課題とも言い換えることもできる。自分自身が現在抱えている問題点をベースにしてセミナーに臨めば、得られる答えも明確なものになる。一方で明確な問いがないままにセミナーを受けても受講料が無駄になるばかりであり、時間の浪費になる。

さて辻本善光氏の基礎シリーズ第2弾、生体力学(バイオメカニクス)である。タイトルは「バイオメカニクス」であるが、副題は「カパンジーを読む」である。もっとも辻本氏が副題をつけたわけではなく、私が勝手に命名しただけなのだが。カパンジーを読むには周辺知識が十分にないと厳しい。この辺りの難解さを辻本氏は噛み砕いて講義してくれる。この講座は初学者からベテランまで受講生は多彩な顔触れである。初学者は初学者なりに、ベテランはベテランなりに得ることが多いウェビナーであると思う。

 

カップリング・モーションの臨床的意義

例えば腰椎屈曲の運動軸は髄核になる。伸展も同じく髄核。伸展の制限因子は棘突起の接触になる。L1~L4に関しては関節面が矢状面に近いため運動円としては小さい。そして運動軸は椎体に近い棘突起基部になる。一方でL5、S1間は関節面が前額面に近いため運動円は大きい。そして運動軸はL1~L4より後方に来る。まとめると、腰椎は運動軸が棘突起基部にあるので、棘突起が右に動くと椎体は左に大きく動いていることになる。

正常なカップリング・モーションが行われるためには腰椎の前弯が必須である。正常なカップリング・モーションを基準に見てみると、腰を丸めて座ると同側側屈、同側回旋がしやすくなり、腰を伸ばすと同側側屈、反対側回旋がしやすくなる。こうした情報は臨床においては非常に有益だ。マッスルエナジー(筋エネルギー)テクニックやカイロプラクティック・アジャストメントに見られる直接法では、カップリング・モーションを用いることにより、より良く矯正効果を増強させることができる。

また前屈するときには足から骨盤という風になり、最終的に背部が可動して運動が終わる。伸展時はこの逆になるのであるが可動するのは足部からである。この視点も重要な示唆に富む。腰の伸ばし始めが痛い人は下肢に問題を抱えていることの証左になる。

 

厄介な恐怖心

このように辻本氏のセミナーは、臨床に即した内容が盛りだくさんのセミナーである。臨床経験がない初学者にとっては少々難解なのかもしれないが。その証拠に初学者の質問が絞り切れていない感がある。端的に言えば「わからないことが、わからない」とでも言おうか。徒手療法の世界は参入障壁が低い。平たく言うと他業種から治療業界への移動は簡単だということである。入るのは簡単だが臨床は簡単ではない。

臨床に出るというのは、泳ぐことに似ているのかもしれない。確かに水は怖い。呼吸ができなくなる恐怖は死の恐怖と同義であるから。だからといって畳の上でいくら水泳の稽古をしても泳げるようにはならない。

恐怖心の克服は心理学ではエクスポージャー法を使う。エクスポージャーとは日本語では暴露法と言う。古典的条件づけの原理に基づいた行動療法の1つであり、その技法は恐怖心を少しずつ慣らしていくというものだ。臨床にすぐに入れとは言わないが、恐怖心があるままセミナーを受け続けても、完全な答えを見つけることはできないだろう。メーテルリンクの童話のように「幸せの青い鳥を見つければ病気は治るんだ」と思って様々な青い鳥(治療術)を探してもそれは見つからないだろう。青い鳥のオチは夢オチで「幸せは身近な所にある」というものだったと思う。「まず足元を見よ」ということを示唆している。先のエクスポージャー法を借りると、泳げるようになるためには「まずは洗面器に水を張って顔をつけろ」ということか。ちょっとずつ臨床に入ることが肝要であり、それが恐怖心克服の一歩になるのだ。


山﨑 徹(やまさき・とおる)

はやま接骨院(高知県高岡郡)院長
・看護師
・柔道整復師
全日本オステオパシー協会(AJOA)京都支部長
シオカワスクールオブ・カイロプラクティック ガンステッド学部卒NAET公認施術者
 
看護師、柔整師の資格を有する傍ら、カイロプラクティックとの出会いからシオカワでガンステッドを学び、21世紀間際にスタートした科学新聞社主催の「増田ゼミ」 で増田裕氏(D.C.,D.A.C.N.B.)と出会ったことから、以後、氏の追っかけを自任し 神経学、NAETを学ぶ。現在は専らオステオパシーを学び実践しているが、これまでに 身につけた幅広い知識と独特の切り口でファンも多く、カイロ-ジャーナル紙から引き続き連載をお願いしている。

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