岡井健DCのI Love Chiropractic !
「是が非でも都合をつけて!」
皆さん、お元気ですか? 日本では4月は新たなスタートという時期でもありますね。私事ですが、4月の初めに横浜に住む息子夫婦に男子が誕生し、私もついに祖父となりました。とても不思議な感じがします。30年も前のことなのに、ついこないだ息子が生まれ、自分のような人間が人の親となることに戸惑いを覚えていた感じがします。「光陰矢の如し」と言いますが、本当に時の過ぎるスピードに驚かされます。ぼやぼやしているとあっという間に歳月が過ぎてしまうので、やらなければいけないこと、やりたいことは今すぐにやるべきだと改めて感じています。
6月に初孫に会うために日本行きを計画していた時に、カイロジャーナルの斎藤さんに、それならセミナーも是非とお声をかけていただいたので、有り難くOne Dayセミナーを6月1日の日曜日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催させていただくことになりました。
私のミッションの一つに、「業界に恩返しをする」というものがあります。私は高校卒業後に、特にはっきりとした目的もないまま、アメリカという国を見て、そこで暮らしてみたいという思いだけで、単身ボストンへ留学しました。親戚や周囲の人は皆、口々に「しっかりとした目的もないままアメリカに行っても、きっと上手くいかないし、ダメになるから止めた方がいい」と言いました。ある留学経験者は、「自分は君のような人がダメになっていくのを何度も見てきたから、止めた方がいい。そんな甘いものじゃない」と強く忠告してきました。皆さん当たり前のように、無謀な若者の前途を心配してくださったのでしょう。
若かった私には、そのような心配はただただ煩わしく、感謝よりも迷惑だと感じました。私のことをよく知らない人が、私の可能性を潰す気かと憤りさえ覚えたものでした。ただ両親だけは「やりたいならやってみたらいい」と一切反対しませんでした。そのことには、今でも本当に感謝していますし、あのとき渡米していなかったら、カイロプラクターにもなっていなかったでしょうし、全く別の人生を歩んでいたことでしょう。
皆さんの心配をよそに張り切ってアメリカに来たものの、英語は想像以上にわからないし、ホームシックにもなるし、今まで親の庇護のもと、どんなに恵まれた呑気な生活をしていたのかが身に沁みてわかりました。皆さんが心配した通り、目的も覚悟もない馬鹿な若者は、渡米して数年はふらふらと遊び惚けていたと言っていいでしょう。そして自分の中では、そんな情けない自分に対する苛立ちと、自分は何を成すためにこの世に生まれてきたのかと、見つからない答えを模索する焦りで一杯でした。心が折れて、もう本当にダメになりそうな崖っぷちにいるときに、たまたま友人からカイロプラクティックに通っているという話を聞いて、「カイロプラクティックって何だろう?」と訳もなく興味が湧き、気がついたら友人にいろいろと質問していました。きっと意外なほどの反応を示していたのでしょう。友人は「そんなに興味があるなら、明日一緒に治療についてきて、先生に直接聞いてみたらどう?」と誘ってくれました。縁とは本当に不思議なものです。当時の私は目標もなかったので、無気力で何もかもが面倒くさいと感じて、積極的に動く方ではありませんでした。ところが、そのときは何故か、是が非でも一緒に行って話を聞いてみたいと、そう強く思ったのです。
友人が通っていたカイロプラクターはユダヤ系の先生で、カイロプラクターという仕事に興味があると言うと、とても丁寧にカイロプラクティックの歴史から哲学まで説明してくれました。そして、もし本気でカイロプラクティックの大学に進学したいのなら推薦状も書いてくれると言うのです。私は何か目に見えない不思議な力に導かれるように、カイロプラクティックを勉強してみたいと思うようになりました。しかし、カイロプラクティックの大学は、思い立ったら直ぐに入学できるような簡単なものではありません。まずは4年制大学を優秀な成績で履修しないと入学は叶いません。まさに、その日を境にという感じで、私は周囲が驚くほど生活態度が一変し、一生懸命に勉強するようになりました。それまで、何もかも上手くいかない人生でしたが、頑張り始めるとすべてが連鎖するように良い方向へと向かいました。それまでは上手くいかなかったのではなく、上手くいくように努力していなかったのだということが、よくわかりました。大学でも優秀な成績を修め、いろいろな縁に恵まれて無事にカイロプラクティックの大学に進学することができました。
以来、私ははっきりとした目標を持って誰よりも努力すれば、必ず目標を達成して成功を収めることができる、と信じて頑張ってきました。日本人カイロプラクターの中で、私ほどお金と時間と労力をかけ、マネジメントや経営学を学んだ人はいないでしょう。普通のカイロプラクターがやらないような、いろいろなチャレンジをしてきて、もちろん失敗することもありましたが、めげずに立ち上がり頑張りました。順風満帆とは言い難い人生ですが、大きな後悔もなく、今とてもとても幸せな人生を歩めているのは、カイロプラクティックに出会えて、自分を変えることができたお陰なのです。良い出会いにも恵まれ、本やDVDの出版を依頼され、セミナーも長年継続してくることができました。また誰もやったことがなかった「カイロプラクティック・ソウルナイト」のような素敵なイベントも、仲間たちと一緒に長年続けてくることができました。
2年半前には、27年に渡って経営していたカリフォルニアの2つのクリニックを無償譲渡し、夢であったハワイ島コナに新たにクリニックを開院して、毎日楽しく頑張っています。まだまだ新たなチャレンジを続ける私の話を聞きに来てほしいと常に思っています。上手くいっている人も、いない人も、カイロプラクターでも、そうでない人でも、私の話は必ず役に立つと思います。私が是が非でも話を聞きたいと、ボストンでカイロプラクターを訪ねたように、皆さんが是が非でも私の話を聞きたいと思って会いに来てくれることを心から願っています。「都合がつけば…」なんて言わずに、是が非でも都合をつけて会いに来てくださいね。きっと皆さんの人生にとってとても役立つ時間になると思いますよ。それが私の恩返しなのです。
岡井健のマイ・エリート・セミナー6月1日(日)開催!
岡井健(おかい たけし)DC

福岡西陵高校を卒業後、1984年単身アメリカ、ボストンに語学留学。その後、マサチューセッツ州立大学在学中にカイロプラクティックに出会い、ロサンジェルス・カレッジ・オブ・カイロプラクティック(LACC)に入学、1991年に同校をストレートで卒業する。
1992年、カリフォルニア州開業試験を優等で合格。1991年から1995年まで、カリフォルニア州ガーデナの上村DC(パーマー大学出身)のクリニックで、アソシエート・ドクターとして勤務した後、サンフランシスコ空港近郊のサンマテオにて開業。2001年にはシリコンバレーの中心地、サンノゼにもクリニックを開業し、サンフランシスコ・ラジオ毎日での健康相談や地方紙でのコラム連載でも活躍。
また、積極的に留学中の学生たちの面倒を見、その学生たちの帰国を皮切りに日本での活動を始める。科学新聞社(斎藤)との縁は、2005年に出版した「チキンスープ・シリーズ カイロプラクティックのこころ」の監訳に始まり、以降15年以上にわたって出版物、マイプラクティス・セミナ、カイロ-ジャーナル記念イベントなど、またカイロプラクティック・クラブとして「ソウルナイト」(スタート時はフィロソフィーナイト)など、ありとあらゆる場面で協力関係にある。
コメント
この記事へのコメントはありません。
この記事へのトラックバックはありません。