「カイロプラクティック・フォーラム2026」
セッション紹介

 来る10月24、25日に開催する「カイロプラクティック・フォーラム2026」の各セッションをどう紹介しようかと考えていた矢先、2日目(25日)13:30からのB会場、「カイロプラクティック哲学を語り合おう!」のコーディネーターを自ら買って出てくれた木村功氏から、幸先よくそれに関しての投稿があったのでこれを紹介する。木村氏は本Webサイトで「イネイト・インテリジェンスとは何か?」を連載中の論客である。当日どのような展開になるのか、楽しみでもあり若干怖さもある。まずはどうなるのか「乞うご期待!」ということで。

カイロプラクティック哲学意見交換会「カイロプラクティック哲学を語り合おう!」

 この度、カイロプラクティックの本質を深く見つめ直し、多様な視点から対話を深める場として、来る10月24日・25日に行われるカイロ-ジャーナル(科学新聞社)主催のカイロプラクティック・フォーラムにて、25日13:30からカイロプラクティック哲学意見交換会「カイロプラクティック哲学を語り合おう!」のコーディネーターを務めさせていただくことになりました木村功です。よろしくお願いいたします。

 本意見交換会は、専門知識の有無を問わず、参加者全員が対等に意見を交わし合うアットホームな場を目指していきたいと思っていす。基本的なルールとして、お互いの意見を全否定することなく、相手の話をしっかり聞いて、単に結論を得ることよりも各人の気づきを大事にしていくことにより、一つの正解を求めるよりも、お互いの多様性を楽しみながら、全員が安心して発言できる場をともに創り上げていくよう努力する所存です。他者の視点に触れ、自身の思考を広げたい方は、ぜひお気軽にご参加ください。今後の指針となるような貴重な知見や示唆を得られ、多大なる啓発を受ける機会になることができれば幸いです。皆様の臨床実践におけるユニークな視点でのご意見をお待ちしております。

 今回は問題提起の叩き台として、1927年に書かれたラルフ・W・スティーブンソンによる有名な「33の基本原則」を議題として挙げ、カイロプラクティック哲学のバージョンアップの可能性を探っていきたいと考えています。資料としては、「33の基本原則の英文と翻訳」および「カイロプラクティック33原則 6つの核心テーマ・33条を6つの問いに束ね直す——洗脳ではなく、思考の出発点として」という豊橋の荒川恵史先生がAIによって作成されたものを用意いたしました。

「33の基本原則の英文と翻訳」

「カイロプラクティック33原則6つの核心テーマ」

 資料の中で、AIからは以下のような指摘があります。『33の基本原則は100年近く経た今も「カイロプラクティック哲学の核心」として語り継がれていますが、近年はカイロプラクティックの正当性を主張するための「盾」として誤用されるケースが増えています。また、初学者に33条を一つずつ記憶させ、全肯定を求めるようなドグマチックな考え方は、カイロプラクティックへの発展的な批判的思考を封じ、ひいては患者への誠実な医療提供を妨げます。

 この資料は、33の基本原則を各条ごとに「1.生命とは何か/2.身体の自律的能力/3.宇宙の力と身体の力/4.神経系と伝達の経路/5.干渉と不調和/6.適応の限界と謙虚さ」という、6つの核心的な問いとして整理し、理解し直すために作成されました。各テーマにおいて「現代科学との接点」と「注意点(限界・誤用リスク)」をセットで示すことで、33の基本原則を思考の道具として使えるようにすることを目的としています。資料の最後には、AIからカイロプラクティックの定義が記述され、また6つのテーマの臨床への適用の仕方について提示されています。


 さて今回、このような企画を考えました背景には、昨今のカイロプラクティックにおいてカイロプラクティックらしさを失ってきているのではないかと憂慮される点が見受けられ、カイロプラクティック業界が衰退気味な原因は複数ありましょうが、その一つにカイロプラクティック哲学の弱体化があるのではないかと思われるところにあります。つまりは、カイロプラクティック哲学を非科学的という理由で過去の遺物にしてしまったり、あるいは先人の言葉を盲信することで独断的な教条主義に走ったりしてしまうことで、本来のカイロプラクティック哲学を考えることがなくなってしまっているところに原因があるのではないかと愚考しております。

 先人の言葉を何も考えず盲信することは、結局思考を澱ませてしまい、状況の変化に応じた柔軟な対応ができず、結果的に業界の衰退を招いてしまうでしょう。独断的な教条主義では、自分で考えることを必要とせず、既存の基準に依存して判断するようになり、古い考え方を絶対視するあまり、時代の変化や目の前の現実に対応できなくなるように思われます。他者の考え方を理解せず、不毛な対立を生み出し、形骸化した伝統的手法に固執していては、新たな変革や進歩が生まれません。そもそも、DDもBJも従来の医療常識を大きく変え、新しい価値やアイデアを生み出して社会に大きな変化を起こすというイノベーションを行ってきたわけで、すべてのカイロプラクターは彼らのそういうパイオニア・スピリットを見習うべきであり、旧態依然とした頑迷固陋(がんめいころう)さではなく、温故知新・換骨奪胎していくことが重要であると思います。

 また、非科学的としてカイロプラクティック哲学を切って捨てる事態には、「哲学」と「科学」の混同があるのではないかと思います。つまり、本質を指すべき「哲学」を差し置いて、本質を語り得ない「科学」が、本質を規定しようとしているところに問題があります。例えば、科学である進化論は「すでに存在する生命がどう変化してきたか」を説明することはできますが、「生命とは何か」とか「生命の起源」などについて定義して直接的に語ることはできません。また、相対性理論では、ある条件下で時間や空間がどのように歪むかの記述はできますが、なぜ時間や空間が歪むのか、そもそも時間や空間とは何かは説明できません。結局、それら本質に関わる部分について語るのは、哲学の仕事であるわけです。仮説を立て、観察実験し、それを検証する科学的プロセスによってもたらされるものは、人間にとって実用的であってもそれがそのまま確実な真理とはなり得ず、科学は常に反証され変化することで進歩するものなわけです。

 カイロプラクティック哲学は人間そのもの・人体そのものの本質を考える学問であり、それ自体は本来科学で是非を問える性質のものではないと言えます。カイロプラクティック哲学は、カイロプラクティックが人体をどのように捉え、どのように導くかの基礎であり、カイロプラクターの人体に対する根本概念として、カイロプラクティックの独自性と存在理由を担保するものであるわけです。ただ「哲学」と「科学」の混同は、カイロプラクティック側にも問題があると思われ、それらの点を踏まえてみなさまと意見交換していくことができれば、カイロプラクティックのさらなる進化を目指して有意義なディスカッションができるのではないかと思っております。

カイロプラクティック・フォーラム2026「TIME&SPACE AGEIN」

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