山本逸二氏、オステオパシーを語る

 昨年秋に、愛知県高浜市でオステオパシーひつじ治療院を開業する、山本逸二氏によるオステオパシーに関しての投稿を紹介すると伝えたところ、多数の問い合わせが寄せられ、Facebookにも「いいね」がついた。それからしばらく経ったが新しい年になって、やっと第一弾が「こんな感じでどうでしょうか?」と手元に届いた。今後どのような新しい情報を提供していただけるか、とても楽しみである。
 
 

 本Webサイトの投稿でオステオパシーについて書かれた文章を読んで、「いや違う」と感じるところがあったので、事務局にその旨をメールさせていただきました。そうしたところ、ジャーナルのペーパー版の時代に広告でお世話になった、責任者の斎藤氏よりご連絡をいただき、「読者が知りたいと思っているオステオパシーの情報を、連載とは言いませんから書いてみませんか?」と、とても光栄なお誘いをいただきました。それからしばらく経ちますが、新年になり気持ちも新たに思うところを書いてみました。読者の皆さんのご希望に沿うものかどうかわかりませんが、オステオパシーを知っていただく良い機会だと思いますので、お読みいただいて、こんなこと知りたいと思うところがありましたら、事務局の方へご連絡いただければ、書かせていただく力となりますので、よろしくお願いいたします。
 

 まず、オステオパシーの歴史とアメリカ医師会との関係から、現在の原則にまとめなければいけなかったことも含めて説明していきたいと思います。
 1954年からのオステオパシーの4原則については、それ以前はどうだったのか? 体性機能障害(SD)とオステオパシー病変、これをフライエットの法則との混同、脊柱も大切だがそれだけを言っているわけではないこと、そしてフライエットの法則自体は1918年に発表されていますが、それを利用していたのはシカゴの大学のみでした。OP(オステオパシー原理教育評議会)が1972年に発足しましたが、その頃から各オステオパシー大学で採用されるようになっていきました。しかし、本家カークスビルでの採用はそれよりも遅く、1975年になります。それまではフライエットの法則ではなく、オステオパシー病変でした。オステオパシーの4原則が1954年からとなると、それまではどうだったのかという疑問が湧いてきます。だとしたら消えてしまったのだろうか、いえ消えたわけではないのです。オステオパシーの4原則が1954年からとなると、それまではどうだったのかという疑問が湧いてきます。だとしたら消えてしまったのだろうか、いえ消えたわけではないのです。実際多くの欧米の専門家が4原則の中で、3つは補わなければいけないが1つだけは過去のスティルの書籍文献も含めて正しいと言います。
 これが、本サイトが紙だった時代からの連載、山﨑徹氏の「代替療法の世界」の中で否定した「構造と機能は関連する」、特に彼が否定する構造が正しいのです。なぜなら、スティルの時代から初期の頃は位置異常を見て治療していたのです。山﨑氏の「最後の吐息」の文章から拾うと、真実は逆です。フライエットの第1、2の法則、第3の法則はネルソンの法則ですが、位置異常ではなく動きであり、機能のことを説明しているのです。スティルの時代、可動検査は禁止されていました。SD (体性機能障害)の定義は「体性系(身体の枠組み)骨格、関節、筋・筋膜構造および関連する血管、リンパ管、神経成分の機能の異常または変化である」です。どうもSDを背骨の位置だの動きだと勘違いされているところがあるのでは…。スティルは本の中で大工と整備士の話をしています。これは構造と機能のことではないでしょうか?スティルは位置の異常を視診で見つけ、その場所に上記に記した現在で言うSDがあると、それをライトニング・ボーンセッターと呼ばれる電光石火のマニプレーションで、患者を治したのです。単語の数によって判断することはとても危険な判断で、文脈や前後関係、彼の文章、彼の弟子達のことをよく知ればわかりそうなことですが、その単語に執着することは「木を見て森を見ず」に思えてなりません
 

 実際、触診可動検査をせず視診によって判断したそうです。それができないという生徒たちに「わからないのは解剖の知識が足りないからだ」と戒めたようです。スティルはその病変に対して、いつも適切で、しかも決まりきった方法ではなく向かっていたようです。例えば牽引や圧縮、今ではローテーションですが、サーカムダクションの原理など、いろいろな現在のテクニックの原型となるものを、原理として教えていたようです。それらをまとめて教えている先生たちが実際にいるようです。
 

 また山﨑氏が連載を始めた当初、「初めての日本人DOは誰か?」という文章を書かれていましたが、確かに根本駒吉氏がASOを卒業したという記録はありません。ATSUにある博物館のジェイソン館長(オステオパシーの歴史研究家でもあり、オステオパシーの歴史について世界で講演している有名な人物)が言うには、「彼はカークスビルに長くとどまり、スティルから直接治療も受け、多くの会話をしていた可能性があります。スティルに最初に会った日本人となると根本氏になるだろう」と。私が全日本オステオパシー協会に所属していた時に、KCOMから彼のその後の消息をリサーチして欲しいという要請がありました。当時、故・春山氏(日本クラシカル・オステオパシー協会の初代会長)が担当して、一族までは辿りついたのですが、その後の彼の足取りはわかりませんでした。ただジェイソン館長が言うには、彼の体験が日本の整体、療術界に影響を与えている可能性が高いとのことでした。
 それに対して、レイチェル・リード女史はフィラデルフィアの学校は卒業しているものの、スティルには会っていません。当時のオステオパシー学校は2年でした。多くの卒業生はその2年で習得できたとは思っておらず、ASOでのスティルの教えを求め、カークスビルに赴いたそうです。彼女はそれをせず来日しています。実はASOとフィラデルフィアの学校では、テクニックの面で大きな違いがありました。ASOは長テコが中心で、フィラデルフィアはどちらかと言うと短テコでした。教えに関しては、当時スティルが生きていましたので、ASOはスティルの教えを、それに対してフィラデルフィアでは「マコーネルの本を暗記しなさい!」と言うぐらいだったので、マコーネルの影響の方が強かったようです。
 「日本で最初のDOは誰か?」ということよりも、スティルの生きていた時代に彼から治療を受け、そして「オステオパシーとは何か?オステオパシーはテクニックではない」というスティルの教えを直接聞いた日本人がいた。このことこそが、ジェイソン館長も私もそう思うのですが、大切な事ではないでしょうか?
 

 2014年にアメリカではMDとDOで話し合いをし、共通のレジデンシー(研修医)のプログラムを行うことに合意しました。  2020年6月30日に統合し始まりました。現実としては「オステオパシーの手技を使う人は減ってきている」という悲しい現実が起きています。私がアメリカのオステオパシーを学び始めた時は、17校ありました。現在では46校、オステオパシーの高いレベルの哲学を維持することも難しくなってきています。オステオパシーが、オステオパシーとして行われているのではなく、オステオパシーの哲学、原理原則を知らない連中が、テクニック・ベースでオステオパシーのテクニックを使う。
 1929年からオステオパシー大学は薬理学を導入、1973年から全米全州でオステオパスが薬を処方できるようになりました。それまではオステオパスは内科疾患に対して、マニプレーションで治してきています。スペイン風邪の時も同様です。現在の医学はエビデンス、エビデンスと騒がれる時代となってしまいました。オステオパシーも哲学ではなく、テクニックを一通り学べばオステオパシーを習得しましたと。最後はバイオダイナミクスでしょうか?ジェラスはオステオパシーの復活であり、彼が晩年悩んでいたのは、バイオダイナミクスと名づけたことによって私は富と名声を得た…しかし、オステオパシーにとって良くなかったように思う…と。私には恩師、古賀正秀先生が日本に本物のオステオパシーを迎え入れ、本物のオステオパスを育てたい。そしてジェラスの想い…日本で今ではオステオパシーのテクニックをいろいろなところで学べるようになりました。日本人はオステオパシーの歴史、オリジナルは何だったのか? 哲学、原理原則に立ち戻れば、自ずとオステオパシーがテクニックではなく、哲学であることに気がつくのではないでしょうか?
 1900年の裁判で「オステオパシーが他の医療と違う」という判断を下しました。オステオパシーがオステオパシーらしい時代の象徴的な出来事だったと思います。オステオパシーは『新しい独立した医学である』と。
 

 このように、たくさんの事実があります。頭蓋のことでも、まだまだたくさんのことがあります。サザーランド、アーバックル、ウィーヴァー、バイオダイナミクスについてのジェラスのワークにしても、テキストに書かれているように各フェーズで誰の影響によるものなのかも解説してきています。
 

山本 逸二(やまもと いつじ)
A Still Sutherland Osteopathy Study Group 代表
英国クラシカル・オステオパシー会員、アメリカ・オステオパシー学会 国際会員、クラニアル・アカデミー会員(Recognition of Proficiency in OCF)、クラニアル・アカデミー認定インストラクター
バイオダイナミクス Dr.Jealousに20年以上師事、バイオベーシック・インストラクター(米国公認)、バイオダイナミクス・インストラクター(米国公認)、Dr.フルフォード・ワーク公認インストラクター(米国)
アン・ウエルズ・スタディーグループ、ダラス・オステオパシー・スタディーグループ
ミシガン・マニュアル全コース終了
OPC OCA SCTF MSU (米国クラニアル・ベーシック、アドバンスコース終了)
Tokyo School of Osteopathy(TSO) インストラクター

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