「イネイト・インテリジェンスとは何か?」第37回 本論休題2-9
【柔道整復(柔整)師についての私見 5】
さて、柔道整復術の内実を見ていくと、柔道整復の根源が柔術にあることは明白であろう。通常、柔術の活法における「活」とは、主に絞技で落ちた失神者(仮死者ともいう)を覚醒(蘇生)させる方法であり、背部から行う背活(誘活)が有名であるが、下腹部または胸郭を瞬間的に動かし横隔膜を刺激する惣括などもある。これらは基本的には強制的に呼気させる方法である。また、金的(釣鐘)への打撃に対する睾丸活などもあるが、現在の柔道整復術とこの柔術活法の関連性はほぼない。
日本柔道整復接骨医学会では、整復治療分科会として伝承・伝統医療(徒手整復・伝承的固定法)の発掘などをテーマにしているが、どの程度のものかは調べていない。BABジャパンの「実践武術療法」によれば、カイロプラクティックなどの技術のほとんどは、古伝の接骨術の中に見られるともいうことである。古伝の接骨術には独自の膏薬があり、古くは奥田の下呂膏・富山の万金膏・名倉の黒膏などを三大膏といった。
また、柔術に伝わる治療法に「腱引き」という手技がある。「筋整流法」という名称で小口昭宣氏が創始者となっているが、古流柔術に源流があり、柳生心眼流の島津兼治氏によれば、その手技は柳生心眼流のものと酷似しているということらしい。
指で筋肉のずれた「腱」や「筋」を引っ張ったり、弾いたりして正しい位置に戻す技法で、このずれた腱や筋が神経を圧迫していると捉え、腱を引っ張って根本的に改善することを目指すもので、柔術の「活法」として生まれ、ギックリ腰や捻挫などの急性の症状に対して有効であると言われている。このときの「筋」とは「きん」ではなく「すじ」かもしれず、筋肉だけでなく筋膜が重なった部分や肥厚した部分かもしれない。
「筋整流法」は小口氏により、現代医学と古来の考え方が融合されており、古式の考え方としては、腰の治療では仙骨の後仙骨孔部から四対の腱が出ていると考え、それを引くような手技を行うことで腰痛を治療する。また、腱引きは全身すべての筋や腱に施術が可能である。しかし、これらの技法は学校で教えられる柔道整復術には伝わってはいない。さらに創傷の治療法もある。島津兼治氏によれば、切り傷などはまずお茶で洗い、焼いた綿花を押し潰して貼り付けるそうである。綿花を焼くと炭化して硬化し同時に殺菌される。硬化することで滲出液などを吸収しないため、現代でいう創傷被覆材に似た効果がありそうである。力士が額の傷に卵殻膜(卵の薄皮)を貼るのも同じようなことであろう。
カイロプラクティック全尽堂の院長で、北陸徒手医学研究会の学長・柔道整復師である高橋克典先生のお話によると、先生の祖父君は京都の天神真楊流の磯貝弥三吉先生に柔術と整骨術を学び、昭和13年に富山県高岡市で整骨院を開業され、先生は整骨で言えば3代目になるとのことである。先生の幼少時には、筋骨格系の疾患だけでなく、現在の接骨院では考えられないような様々な患者が来院していたそうである。正に江戸時代の整骨医そのもので、昔は整形外科もまだなく、筋骨格系の疾患の治療も外科医が行っていたため、外科の医師が整骨の勉強に来ていたということであった。先生は天神真楊流も受け継がれておられるが、柔術・柔道に形があるように整骨にも治療の形があり、脊椎や上下肢の各関節のマニピュレーションと言えるようなものであるとのことであった。
例えば、脊柱の両側にはツボが並んでおり、これを押圧治療するが、現代医学的に言えば傍脊柱交感神経節に対する治療であり、また内臓治療の按腹も内臓マニピュレーションと同質で、さらには頭蓋骨調整もあったということである。また柔道整復術には、他に包帯法や骨折の副木法にも固定と同時に整復にもなるように考えられた、理に適った素晴らしい技術があるとのことである。そもそも先生が言うには、骨折などの整復固定というものは、ある程度骨の収まりがつくまで毎回行うものであるとのことであった。
それらを子供ながらに見ていた高橋先生は、徒手療法で何でも治せると思ったとのことである。長じてカイロプラクティックやオステオパシーを学ばれ、日本の伝統医学である整骨術に先生なりの理論づけを行い、現在は北陸徒手医学研究会で徒手医学の可能性を探究発展させておられる。
江戸時代に発展した日本の伝統医学は、漢方医と整骨医による医学で、漢方医は漢方薬と鍼灸ツボ療法、整骨医は漢方薬と徒手療法で医療に貢献してきており、蘭学医も存在していたが、当時は新薬や麻酔薬、抗生物質もなく十分な外科手術もできなかったため、実際に(一般庶民に対する)医療を担っていたのは漢方医と整骨医だったと思われるとのことであった。明治になり「医制」が発布され、西洋医学だけが医師となったため、漢方医は鍼灸師となり、整骨医は柔整師や整体師になり、筋骨格系の外傷しか治療できなくなっていった。また学校制度となったため、学校では伝統的な整骨術の技術や知識を教えなくなり、現在では卒業しても骨折も治せなくなってきている。このままでは、やがて接骨院もなくなってしまうと思われ、「何とか日本の伝統医学である整骨の技術を残せないものか」と切に願っている次第であるとのことであった。
このご指摘のように、柔整においても整復法は学校教育では西洋式になっており、例えば肩関節脱臼の整復法には、西洋式ではコッヘル法、スティムソン法、ヒポクラテス法、クーパー法(座位ヒポクラテス法)、モーテ法、シモン法、ヘネピン法、カニンガム法、FARES法、牽引-対抗牽引法などがある。通常、医科ではイソゾールなどの超短時間作用型バルビツール酸系全身麻酔薬を使い、一時的に全身麻酔をかけることで整復を容易にしている。
柔術・柔道では、送り足払いや座位での一本背負などの技を上手くかけることで整復できるという者もいる。私の知っている方法は、確か名倉式だと記憶しているが、患者仰臥位で脱臼位方向に牽引、続いて末梢方向に牽引し、そのまま肩関節90度外転し、内旋・外旋を行うと整復できる。これは愛護的に行わないと筋緊張が入り整復しにくいが、脱臼位方向に牽引するときに上手く合わせれば、患者は楽になるので筋緊張は入らない。顎関節脱臼では患者座位にて助手が後ろから、手のひらで頭蓋骨の乳様突起を両側から挟み、肘で肩を抑えることで頭蓋骨を完全に固定すると、術者はヒポクラテス法で容易に脱臼の整復ができる。このとき、あまり開口させると整復しにくい。聞いた話では、昔の柔道整復理論の先生には、太平洋戦争中に捕虜などを骨折させて整復治療の仕方を試行錯誤したなど、人体実験のようなことをしていたという話もあった。
このように、明治から大正期の近代化ならびに終戦後の学校教育化などにより、西洋医学に準じた形で柔道整復が教科書化されたであろうと思われ、国家資格免許を得る過程で、柔道整復術自体が形骸化してしまった。同時に武術としての柔術から分離したため、古来の徒手技法はほとんど伝承されず、失伝していったのではないかと思われる。つまり、柔整は近代化・現代化によって、骨つぎでありながら骨抜きにされたのであろう。また、敗戦がそれをさらに助長したと考えられる。それは徒手技術より電療主体の施術を見ても明らかではないだろうか。
医師の少ない時代では柔整師がかなりのことをしていたと推測されるが、現在において柔整師は全く別の道を歩んでいる。
参考文献
- 【2025年版】自費リハビリの法律・規制を解説|安全な運営と法的リスク
- https://www.touken-world.jp/kobudo/
- https://yawatachuou.com/接骨院の歴史
- http://seino-1987.jp/new/2018/201806_119j.html
- http://www.iryokagaku.co.jp/frame/03-honwosagasu/368/121-123.pdf
- https://ja.wikipedia.org/wiki/警視庁武術世話掛
- https://kansetsukadou.jp/blog/20210927130736-825/
- https://mbp-japan.com/tokyo/seino-1987/column/5074766/
- https://sengendai-nagura.com/edonagura.html
- https://kansetsukadou.jp/blog/20210927131646-833/
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbs/2/1/2_13/_pdf
- https://ja.wikipedia.org/wiki/警視流
- https://www.jusei-news.com/feature/5022/
- 腱引き療法入門:筋整流法が伝える奇跡の伝統秘伝手技 小口 昭宣 (著) 出版社:BABジャパン
- 実践武術療法:身体を識り、身体を治す! 出版社:BABジャパン
- https://ja.wikipedia.org/wiki/石原莞爾
- https://ja.wikipedia.org/wiki/稲葉太郎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/中野銀郎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/野口清
- https://ja.wikipedia.org/wiki/レッドパージ
- https://www.diamondv.jp/article/w5vQWai9fcNkZdEKEEZ32T?srs=sengoeightieth
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsss/20/2/20_51/_pdf
木村 功(きむら・いさお)

・柔道整復師
・シオカワスクール オブ カイロプラクティック卒(6期生)
・一般社団法人 日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC)で長年、理事、副会長兼事務局長を務める
・マニュアルメディスン研究会 会員
・カイロプラクティック制度化推進会議 理事
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