中川貴雄の臨床応用〈Web版〉
四肢のマニピュレーションのコツ [第4回]

肩の治療は難しい

このコラムを読まれている方の中にも、私と同じように肩の治療は難しい、と思っておられる方がいることと思います。

私自身、肩に症状を訴える患者が来院したときには、いつも「ウッ」と後ろに引いてしまう感覚に襲われます。それは、 “肩”が痛いと言われると“治りにくい肩”という思いが先に立って、思わず後ろに引いてしまうのだと思います。肩には“治りやすい肩”と“治りにくい肩”があります。“治りやすい肩”は本当に治りやすく、1〜2回の治療で治ってしまいます。ところが“治りにくい肩”は、何をやっても、どれだけ考えて治療しても上手くいかないことがあるのです。その“治りにくい肩”の代表が、「五十肩」、「腱板損傷」なのです。

毎回少しずつでも目に見えるような効果が出れば、患者は継続して来院することが多いのですが、「五十肩」は懸命に治療すると少しは良くなるのですが、次の日にはまた悪くなっていることが多いのです。その結果、患者は「このまま治療を続けても変わらない」と諦めてしまうか、「もっと早く治してくれる次の人を探そう」ということになってしまいます。

肩に症状がある患者さんへの接し方

数年前、第19回日本カイロプラクティック徒手学会大阪大会の基調講演を、大阪大学大学院医学系研究科 運動器バイオマテリアル 教授である菅本一臣教授にお願いしました。先生には快く講演を引き受けていただき、講演テーマは「骨・関節の動きを知る」でした。

講演は、いままでのような“話”に終始する内容ではなく、先生が開発された“3D運動解剖学team Lab Body ”というアプリを使い、徒手療法を行う者がしっかりと覚えておかなければならない関節の動きを視覚化し、画面で説明いただくという内容のものでした。このアプリは世界で初めて、献体ではなく生きた人間の関節の動きを3Dで再現しているものです。

それまで一般に販売されている同種のアプリは、患者さんの動きではなく、亡くなられた人の関節を動かしてみたり、バイオメカニックスの知識で考え、その頭で考えた関節の動きを再現したものがほとんどなのです。それとは違い菅本先生のソフトは、実際の患者さんの関節の動きをMRI、CTとX線で撮影し、それを画像に編集したもので、関節が動くときに起こる実際の骨の微少運動も再現されていたのです。

残念なことに講演ではあまり時間がなく、細かいところまでお話しを聞くことができなかったのですが、ソフトを購入して驚きました。なんとなく動きを眺めていると、他のソフトと比べると動きはギクシャクしています。関節の動きとしては、変な動きだと思われるような感じであり、他のソフトの方が見やすいように思われたのです。しかし細かく見てみると、他のソフトにはない微妙な骨の動きを見ることができたのです。

例えば、前回モビリゼーションで取り上げた“肩関節の内旋”です。肩関節の内旋制限は、「五十肩」で最も治りにくい運動方向です。これは、「手が後ろに回らない」とか「エプロンの紐を後ろで結べない」というような動きの制限です。

五十肩が良くなってきても、患者さんは「手は前に挙がるようになったのですが、後ろに回らずズボンが上げられないのです」とか、「前と横はいいのですが、後ろの荷物をとろうとすると痛くて大変です」などと訴えます。

これが私が最も不得意なところでした。いろいろな治療法を試しても思ったような効果が出ませんでした。私が悩んでいる問題ですから、患者さんにとってはもっとであったと思います。

私は“肩関節の内旋”というのは、一般のソフトで見るように、肩甲骨上で上腕骨が内旋することが最も重要であると思っていました。それは事実なのですが、このソフトを細かく見ると多くの発見があったのです。最大内旋位で上腕骨が上前方に動き、肩甲骨と鎖骨が前方にせり出し、胸鎖関節で鎖骨が胸骨から外方へ動いていたのです。

そのような動きがあるということを頭に入れて、上腕骨内旋フィクセーションがある人の胸鎖関節にモーション・パルペーションを行いました。すると正常な反対側の胸鎖関節と比較しても、患側の胸鎖関節に鎖骨の内方変位が認められ、鎖骨の外方への動きが制限されていたのです。その鎖骨内方フィクセーションに対して、外方モビリゼーションを行うと、今まで難渋していた肩関節の内旋可動域が増加したのです。上腕骨内旋モビリゼーションだけの治療結果と比較すると、内旋が増加し、加えて、結帯角度が20°も増加したのです。また、悩みの種であった“次の日に効果が元に戻ってしまう”ことも大きく低下したのです。

このことがあってから、慢性期の「五十肩」、「腱板障害」には肩甲上腕関節だけではなく、肩鎖関節、胸鎖関節、肩甲骨をしっかりと検査し治療することが重要であることを再認識したのです。もちろん頚椎や胸椎のフィクセーションも治療しなければなりません。

これを契機に私にとって慢性期の「五十肩」は、最大苦手疾患ではなくなり始めています。次の課題は急性期の「五十肩」への対応です・・・

モーション・パルペーションは普通の可動域検査ではとらえることのできない、細かな関節運動制限を見つけるための検査法です。

このモーション・パルペーションと、実際の人間を使って実際の関節の動きを再現したこのアプリを組み合わせれば、今までにないような画期的な治療法が見つけられるのではないかと、楽しみに勉強しなおしている今日この頃です。

現在、”Team Lab Body”は三つのアプリに分かれています。一つは“Team Lab Body Anatomy 2020(チームラボ・ボディ解剖学2020)”、二つ目が”Team Lab Body Muscle & Bone Motion(チームラボ・ボディ筋肉と骨の動き“、そしてもう一つが“3次元運動学(Kindle版)”です。私は骨の動きが見られる二つ目と三つ目のアプリを多用しています。


中川 貴雄(なかがわ たかお)
昭和23年2月、三重県鳥羽に生まれる。昭和53年、米国カリフォルニア州ロサンゼルスのロサンゼルス・カイロプラクティック大学(LACC、現・南カリフォルニア健康科学大学SCUHS)卒業、ドクター・オブカイロプラクティック(D.C.)取得。カリフォルニア州開業試験合格。同地にてナカガワ・カイロプラクティック・オフィスを開業するかたわら、母校LACCで助手、講師を経て、昭和62年まで助教授としてテクニックの授業を受け持つ。その間、昭和56年には全米カイロプラクティック国家試験委員も務める。カリフォルニア州公認鍼灸師。平成11年、帰国。大阪にて中川カイロプラクティック・オフィス開業。
一般社団法人日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC)前 会長
モーション・パルペーション研究会(MPSG) 会長
明治鍼灸大学(現 明治国際医療大学)保健医療学部 柔道整復学科教授
宝塚医療大学 柔道整復学科 教授

著書
脊柱モーション・パルペーション
カイロプラクティック・ノート1&2
四肢のモーションパルペーション上下
四肢のマニピュレーション
他 
訳書
関節の痛み
オステオパシー臨床マニュアル
オステオパシー・テクニック・マニュアル
カイロプラクティック・セラピー

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