中川貴雄の臨床応用
〈Web版〉 四肢のマニピュレーションのコツ [第5回]
肩の治療は肩甲上腕関節だけではない
先日、書斎の整理をしていたら、56年前、私が徒手療法をめざすきっかけになった古賀正秀先生の勉強会の“セミナーノート”が出てきました。
56年前ですから、私は18歳。カセットテープやビデオはなく、写真はフィルムを入れて撮り、ベッドもなく、畳の上での勉強でした。皆、正座をしたりあぐらをかいたりの勉強会でした。
そして、今のようにどこでも勉強できるのではないため、皆、真剣で、先生の言葉を聞き逃さないように、動作を見逃さないように熱気あふれる勉強会であったように思います。
そのセミナーノートに、こんな一言が書いてありました。
“五十肩は肩関節だけでは治らない” “肩鎖関節が必要 !!”
前回、このコラムで、 “五十肩や肩板損傷は肩甲上腕関節だけではよくならないこと、肩鎖関節や胸鎖関節、肩甲骨の治療も加えなければならないことを再認識した” と書きました。しかし、“再認識” とはいうものの、いつこれを学んだのだろうと考えても思い出せなかったのです。
先日の書斎の整理で、これを学んだのが、56年前だったということがわかったのです。
このことを、すっかり忘れていたのですが、頭の隅っこには残っていたのだと思います。56年間、それが無意識に出たり入ったりして、ようやく自分が納得できるような形で、“再認識”としてあらわれたのだと思います。
肩鎖関節だけでなく、胸鎖関節や肩甲骨も重要だということは、少しずつ経験していったことなのですが、やはり、56年前から7年間、教えてもらった脊柱と四肢の検査法と治療法が、私の検査と治療の基礎になっているのは間違いありません。
徒手療法が好きになり、それをしっかりと、真剣に学んだことは、何年経っても自分の成長の大きな糧になっているのだと感激している今日この頃です。
さて、その肩鎖関節ですが、検査法は「四肢のモーション・パルペーション(下巻)」の「肩鎖関節(P57〜P71)」に、治療法は「四肢のマニピュレーション」の肩鎖関節(P74〜P82)」に書きました。
肩鎖関節について、柔整では、肩鎖関節脱臼だけしか教わりませんでした。鍼灸では肩鎖関節にはまったく触れませんでした。ただ、陽明大腸経の“肩髃 (けんぐう)”と“巨骨 (ここつ)”が肩鎖関節と関連性がありました。
カイロプラクティック大学では、1年生の“四肢テクニックのクラス”で、肩鎖関節のテクニックとして1時間ほど、瞬間的にスラストを行うアジャストメントを教えてもらっただけでした。1年生で触診もほとんど教えてもらってないときのテクニックです。古賀先生のクラスと違い、検査もなく、ただ鎖骨を矯正するだけのクラスでした。
このテクニックは強すぎるため、五十肩や肩板損傷には適応しない感じでした。以来、このテクニックは一度も使ったことがありません。検査もなく、ただ矯正するだけの治療法では、たいした効果は期待できないと思ったからです。
56年前に学んだ古賀先生の肩鎖関節の検査法と治療法の方が、何倍も安全で、かつ効果的な検査法と治療法だったのです。
検査:肩鎖関節のモーション・パルペーション
鎖骨下方モーション・パルペーション (四肢のモーション・パルペーション 下巻 P64)
肩鎖関節では、鎖骨に対して、上方、下方、前方、後方、上方回旋、下方回旋モーション・パルペーションを行います。そこにフィクセーションがあれば、そのフィクセーションに対して、上方、下方、前方、後方、上方回旋、下方回旋モビリゼーションを行います。
下の写真は、肩鎖関節のモーション・パルペーションの一つ、下方モーション・パルペーション (四肢のモーション・パルペーション 下巻 P64))です。
このモーション・パルペーションは、鎖骨の肩峰端に示指と中指を引っかけ、上方から下方にゆっくりとやさしく引っ張ることによって、鎖骨が下方に動くかどうかを検査します。この検査で、鎖骨が反対側と比較して動かなければ上方フィクセーションということになります。
注意しなければならないことは、決して痛みを与えず、しっかりと鎖骨の可動性が感じられるような1kg程度の引っ張りをかけることです。引きは、鎖骨の肩峰端に、綱引きのような要領で体重を後にかけていけば、痛みなく、より可動性が感じやすい操作になります。
治療:肩鎖関節の下方モビリゼーション (四肢のマニピュレーション P74)
この下方モーション・パルペーションで、フィクセーションが認められれば、鎖骨の上方フィクセーション (上方変位) があるため、「四肢のマニピュレーション P.74」に述べる肩鎖関節の下方モビリゼーションを使って治療を行います。
この操作も決して痛みを与えるような押圧を使ってはなりません
母指でゆっくりと肩峰端に体重をかけていき、断続的に1kg〜2kgの僅かな圧を加えます。
押圧は、“押して、元に戻す”、ことを繰り返すのではありません。これを行うと効果がありません。押圧は、戻してはなりません。“押す、押す、押す”という操作が重要です。しかし、決して痛くしてはなりません。
下方モビリゼーションは、モーション・パルペーションで行ったように鎖骨に指を引っかけ、下方に引くような操作で行うこともできます。
また、下方モーション・パルペーションも、鎖骨に指を引っかけるのではなく、写真に示すモビリゼーションのように、母指を使って1kg以下のやさしい押圧で鎖骨を下方に押圧を加え、鎖骨の下方への可動性を検査することも可能です。
しかし、肩の治療のために行う肩鎖関節の検査と治療は、上記の下方モーション・パルペーションと下方モビリゼーションだけでOKではありません。肩鎖関節のすべての方向にモーション・パルペーションを行い、フィクセーションが認められた方向だけに、モビリゼーションを行うことが重要です。
肩鎖関節のフィクセーションとその治療法
肩鎖関節に上方フィクセーション (上方変位) がある場合には、肩関節はほぼ全方向に動きにくくなる傾向があります。
前方フィクセーション (前方変位) (P60) があると、肩関節の屈曲運動に制限が出やすくなり、それには鎖骨の後方モビリゼーション(P77) で治療を行います。
後方フィクセーション (後方変位) (P58)があると、肩関節の伸展運動に制限が出やすくなり、そのための治療には鎖骨の前方モビリゼーション (P78) を使います。
また上方回旋フィクセーション (上方回旋変位)(P68、70)があると、伸展運動や結帯動作が難しくなり、その治療には下方回旋モビリゼーション(P82)を使います。
下方回旋フィクセーション (下方回旋変位) (P66)があると、肩関節の屈曲運動などが制限されてしまいます。この治療には上方回旋モビリゼーション (P81) を使います。
臨床とフィクセーション
上記のように肩鎖関節を細かく検査し、その検査で認められたフィクセーションを確実に治療すると、今までどうしようもなかった肩関節の問題が、少しずつですが変化し始めます。
ただ、肩甲上腕関節と肩鎖関節だけでなく、同時に胸鎖関節や肩甲骨も検査し、そのフィクセーションを気長に治していかなければ、五十肩や肩板損傷はなかなかよくはなりません。
臨床で、肩甲上腕関節だけではなく、肩鎖関節などの治療を加え始めたところ、以前と比べて、少しずつではあるものの、確実な効果があらわれ、“どうして治らないのだ” とムスッとしていた患者の態度は明らかによくなり、以前は諦めて転医していった方が多かったのですが、治療を継続する方が増加しました。
しかし、私自身、まだまだ “嫌いな五十肩” からは脱却していませんが、少しずつですが、楽な気持ちで治療できることが増えているようです。
下方モビリゼーションは、モーション・パルペーションで行ったように鎖骨に指を引っかけ、下方に引くような操作で行うこともできます。
また、下方モーション・パルペーションも、鎖骨に指を引っかけるのではなく、写真に示すモビリゼーションのように、母指を使って1kg以下のやさしい押圧で鎖骨を下方に押圧を加え、鎖骨の下方への可動性を検査することも可能です。
しかし、肩の治療のために行う肩鎖関節の検査と治療は、上記の下方モーション・パルペーションと下方モビリゼーションだけでOKではありません。肩鎖関節のすべての方向にモーション・パルペーションを行い、フィクセーションが認められた方向だけに、モビリゼーションを行うことが重要です。
肩鎖関節のフィクセーションとその治療法
肩鎖関節に上方フィクセーション (上方変位) がある場合には、肩関節はほぼ全方向に動きにくくなる傾向があります。
前方フィクセーション (前方変位) (P60) があると、肩関節の屈曲運動に制限が出やすくなり、それには鎖骨の後方モビリゼーション(P77) で治療を行います。
後方フィクセーション (後方変位) (P58)があると、肩関節の伸展運動に制限が出やすくなり、そのための治療には鎖骨の前方モビリゼーション (P78) を使います。
また上方回旋フィクセーション (上方回旋変位)(P68、70)があると、伸展運動や結帯動作が難しくなり、その治療には下方回旋モビリゼーション(P82)を使います。
下方回旋フィクセーション (下方回旋変位) (P66)があると、肩関節の屈曲運動などが制限されてしまいます。この治療には上方回旋モビリゼーション (P81) を使います。
臨床とフィクセーション
上記のように肩鎖関節を細かく検査し、その検査で認められたフィクセーションを確実に治療すると、今までどうしようもなかった肩関節の問題が、少しずつですが変化し始めます。
ただ、肩甲上腕関節と肩鎖関節だけでなく、同時に胸鎖関節や肩甲骨も検査し、そのフィクセーションを気長に治していかなければ、五十肩や肩板損傷はなかなかよくはなりません。
臨床で、肩甲上腕関節だけではなく、肩鎖関節などの治療を加え始めたところ、以前と比べて、少しずつではあるものの、確実な効果があらわれ、“どうして治らないのだ” とムスッとしていた患者の態度は明らかによくなり、以前は諦めて転医していった方が多かったのですが、治療を継続する方が増加しました。
しかし、私自身、まだまだ “嫌いな五十肩” からは脱却していませんが、少しずつですが、楽な気持ちで治療できることが増えているようです。
注意事項:急性期の五十肩や肩板損傷の治療に上記のモビリゼーションを行うと、関節の炎症が起こりやすく、却って症状が悪化することが多いため注意しなければなりません。慢性期になり、関節の疼きがなくなってくれば、モビリゼーションを行うことができます。そして、様子を見ながら、少しずつ検査と治療を行うことが大切です。
中川 貴雄(なかがわ たかお)
一般社団法人日本カイロプラクティック徒手医学会(JSCC)前 会長
モーション・パルペーション研究会(MPSG) 会長
明治鍼灸大学(現 明治国際医療大学)保健医療学部 柔道整復学科教授
宝塚医療大学 柔道整復学科 教授
著書
脊柱モーション・パルペーション
カイロプラクティック・ノート1&2
四肢のモーションパルペーション上下
四肢のマニピュレーション
他
訳書
関節の痛み
オステオパシー臨床マニュアル
オステオパシー・テクニック・マニュアル
カイロプラクティック・セラピー
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