斎藤信次残日録 其の五十五

 昨日は4月1日、エイプリルフールだが、最近はほとんどこの日を意識したことがない。昔は「この日は噓をついてもいいんだ」と、結構意識していたことを思い出す。つくづくガキだったんだなぁーと、赤面まではしないがちょっと照れくさい感じがする。最近は既に大人すら通り越してしまったのか、特定の人を応援する気持ちも失せ、関心を寄せるものが本当に少なくなった。子供の頃は、テレビの放映が始まったばかりで、父親が保険会社に勤めていて、事務所の高い棚にちっちゃな白黒テレビを置いて、街頭テレビのようなことをしていた。当時、私は相撲の朝潮が好きだったみたいで、負けると悔しくてコンセントを抜いてテレビを消してしまったようだ。真空管だったので一度消すとなかなか立ち上がってこないので、結構叱られた記憶がある。

 テレビからこれまで見たこともないものが次々に目に入り、すぐに魅入られてしまっていた。NHKではニュースと相撲放送、栃錦、若乃花(初代)の栃若時代の全盛(朝潮はちょっと遅れを取っていたと思う)、次に大鵬、柏戸の柏鵬時代、野球はNHKでもたまには放映していたが、東北の少なかった民放局では巨人戦しか観た記憶がない。今と違って楽天もなかったので、東北は圧倒的に巨人ファンが多かった。長嶋と王が3番、4番なのだから、日本中が巨人ファンと言っても過言ではなかったかもしれない。そして結構人気があったのがプロレス、これはもう力道山である。斎藤家はチャンネル権を父親が持っていたので、父親の好みの、相撲は青森出身の若乃花、野球は川上、青田時代から巨人、そしてプロレスは外人を負かす力道山、私も自然に夢中になって応援していた。みんなが好きなもの、「巨人、大鵬、玉子焼き」というのも懐かしい言葉だ。

 科学新聞社の決算は3月末なので昨日から新年度である。老骨に鞭打って、気持ちも新たに頑張らなきゃいけないが、その前に短かった2月が終わり、春に向かってまっしぐらの年度末3月を振り返ってみると、殊の外穏やかだったと感じる。まず1日、2日が土日で休みだったということもあったのかもしれない。3日はカイロプラクティック制度化推進会議(CLPC)の山田事務局長と厚労省の医事課を訪問、6日から今月の丸山のWebセミナーが始まり、7日からは辻本のWebセミナーが始まった。9日は東京の対面の丸山ゼミ、12日は理事を務める公益の科学技術広報財団(PCOST)の理事会、13日はハワイ島コナの岡井氏と2週に一度のビデオチャット、14日は江崎器械の植田と、テーブルのシート交換するところに納品する物があったので同行し、そのまま便乗して彼の自宅近くまで行き、久しぶりに飲んだ。施術する側の人間とだけじゃなく、業界にいる人とはたまに情報交換しないといけないなと痛感した。

 15日は日本カイロプラクティック師協会(JSC)の久しぶりの本部主催セミナーが東京、それも自宅から15分の距離のところであったので、様子を見に行ってみた。懐かしい顔がちらほら、やはり、こういう機会も外せないなと思った。その後、19時半からは翌日のイベントのために前入りしてきた、兵庫の作尾と品川で待ち合わせ夕食。彼からの前向きな話は「そうだな、もうちょい頑張るかぁー」という気にさせてくれる。16日は今回は行かなかったが丸山ゼミの大阪、翌日からの週は20日に祝日もあったし、来客も多かったのでほぼ内勤で終わった。

 25日には、15年ぶりに昨年10月に開催した、業界を活性化させたいという願いを込めたイベントの、半年後(10月)の会場の抽選会に大井町の「きゅりあん」に出かけた。もちろん、頼りになる助っ人、栄えある品川区民の若林も一緒である。抽選会場に入り、さて狙いの部屋はと予定表を見たら、土日に続けて使用できる日がない。抽選会に臨むこともなく会場を後にした。先月、10月に取れなかったときのことを考え、押さえとして取りにいった9月27、28日が今年の開催日となった(言うまでもなく、引き当てたのは若林様)。これから半年、昨年以上に盛り上げたい、皆さんのご協力を仰ぎながら進めていきたいと思っている。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

 28日は帰宅してから、愛知の荒川君がホストとなり、月一で金曜21時から情報および意見交換を行っている「カイロトーク」に参加。気がついたら0時を回り翌日になっていた。1時前にお開きになったが、まだ有志によって続いていたかもしれない。恐るべし!

 29日は17時に出社。翌日の東京ハンズオンセミナーのために、前入りする辻本と飲みに行くことになっていたが、彼が数日前に何年かに一度、必ずやってくるという体調不良を起こしていたので、無理をせず部屋で弁当を食べながらの今後のセミナーについてのミーティングとなった。余談になるが、弁当は駅弁の定番、崎陽軒のシウマイ弁当を買っておいたのだが、しばらく食べないうちに1,000円を超える代物になっていた。しかし、いざ食べると久しぶりもあってか、やはり旨い。いろんなものが値上がりしているし、仕方ないなと納得してしまった!翌日の朝、辻本と会うまで体調が気になっていたが、顔を見てやはり穏やかに過ごすことが一番なんだなとしみじみ思った。辻本の様子が前日より数段いいのがわかったが、それでも「体調はどう」と聞いてみた。「だいぶいいです」という答えで安心して会社に向かった。セミナーはもちろんのこと、終了後の缶ビール片手の芝公園での花見、その後の懇親会と非常に楽しい一日となった。

 そして雨模様の寒い晦日、前日も寒く満開とは言えないちょっと寂しい咲き方だったが、みんなで見に行けて本当に提案して良かった。たぶん来年もこの時期の開催になるだろうから、来年は満開でと願うばかりだ。


斎藤 信次(さいとう しんじ)
2016年6月、科学新聞社の代表取締役社長を勇退、顧問に就任今後はこれまでの経験を活かし、同社の出版事業をサポートするかたわら、広く手技療法界全体の活性化を目指し、独自の活動を展開していく予定幅広い人脈を持ち、また人情味にも厚く、業界の良き相談相手であったことから、今後ますますの出番が予想される力強い助っ人

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。